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【MS63 CAMEO】1854年 フランス 第2帝政 ナポレオン3世 無冠 1フラン銀貨【MS63 CAMEO】1854年 フランス 第2帝政 ナポレオン3世 無冠 1フラン銀貨(表)【MS63 CAMEO】1854年 フランス 第2帝政 ナポレオン3世 無冠 1フラン銀貨(裏)

【MS63 CAMEO】1854年 フランス 第2帝政 ナポレオン3世 無冠 1フラン銀貨

世界市場で絶大な人気を誇るナポレオンコイン! 鑑定枚数わずか2枚。 そのうちの最高鑑定品で唯一”PROOF CAMEO”判定された逸品のご案内です。 ※『CAMEO』とは:コインの型の2‾5番目に鋳造された貨幣になります。 人気高いフランスコインの中でも、 希少性、状態、市場性、全てに優れたパーフェクトな銀貨のご紹介となります。 ■デザイン 表面:ナポレオン3世の肖像 銘文:NAPOLEON III EMPEREUR BARRE ※ナポレオンの頭部に月桂樹が無い無冠タイプです。 裏面:花輪の中に1フラン 銘文:EMPIRE FRANÇAIS 1 FRANC A 1854 刻印師:パリ造幣局第17代総監師ジャック=ジャン・バール 同タイプのコインの内、 無冠タイプのものを父親のジャック=ジャン・バールが、 有冠タイプのものを息子のアルベール・デジレ・バールが刻印しました。 コイン彫刻家といえば、イギリスのウィリアム・ワイオンが非常に有名ですが、 ワイオンに並ぶフランスのコイン彫刻家としてバール親子は有名です。 フランスコインの中には「BARRE」の名が多く彫刻されていますが、 中でも一番有名なコインがこのナポレオン3世をモチーフにしたコインで、 世界中で絶大な人気を誇ります。 ■状態 PF 63 CAMEO ■コイン詳細 【発行年】1854年 【鋳造地】パリ 【額面】1フラン 【素材】銀 【品位】900/1000 【重量】約5g 【直径】約23mm 【表面】ナポレオン3世の肖像 【裏面】花輪の中に1フラン 【刻印師】ジャック=ジャン・バール 【NGC鑑定】PF 63 CAMEO  ※プルーフの”CAMEO”がついたコインは唯一こちらのコインのみになります! ■ポイント *希少性 NGC鑑定枚数は本品を入れてわずか2枚! CAMEO評価は本品の1枚だけです。 残存枚数も極めて少なく市場ではほぼ見かけることがない大変貴重なコインです。 *状態 NGC最高鑑定品(PFCAグレード) CAMEO:プルーフ使用の中でもコントラストの強い美しい輝きをもつコインがCAMEOと呼ばれています。 約200年前でありながら抜群の状態を保持しています。 *市場性 フランスコインは芸術性の高さから世界中のコレクターから非常に人気が高く、市場性も抜群! その中でもナポレオンコインは、知名度の高さからコレクターの中でも絶大な人気を誇るコインです。 ”大人気のナポレオン”×”激レアコイン” という組み合わせは世界中のコレクターから注目を集める逸品になります。 資産として、投資として、コレクションとして、 どれをとっても申し分のない 末長く所持していたい逸品です! ▼コインのストーリー ■概要 第二帝政時代のフランスで発行された1フラン銀貨。 極めて希少性の高いナポレオンコインです! ■フランスの歴史 本品鋳造時のフランスは、1852年にナポレオン3世がクーデターを起こし、フランス第二帝政の皇帝として即位した時期です。 ナポレオン3世の治世では、経済発展と都市改造を進める一方で、軍事力を背景に領土の拡張や植民地政策を進め、また、教育、交通、医療、文化に関しても改革を行い、現代化を進めていました。 第二帝政下では、フランス経済は急速に成長し、鉄道、港湾、道路、運河の建設が進み、都市計画による改革も進められました。また、フランスはアフリカや東南アジアなどで植民地を拡大し、帝国主義的な政策も推進しています。 一方で、第二帝政は、政治的な不安定さも伴いました。統治は強い皇帝の中央集権的な手法によって行われていたため、野党は弾圧され、自由主義者や社会主義者による反対運動も起きました。普仏戦争(フランス帝国とプロイセン王国で行われた戦争)に敗北し、皇帝が捕虜となると、第二帝政は終焉を迎えることとなります。 第二帝政は、フランスにおいて近代化と帝国主義を推進した政権であり、経済的な発展をもたらしました。しかし、政治的な不安定さも同時に伴い、野党や労働者階級の反発を招き、最終的には敗北と崩壊を迎えることになりました。 ■ナポレオン3世とは ナポレオン3世(Napoléon III, 1808年4月20日 - 1873年1月9日)は、フランス第二共和政の大統領(在任:1848年 - 1852年)、のちフランス第二帝政の皇帝(在位:1852年 - 1870年)。 ルイ=ナポレオン・ボナパルトは、フランス皇帝ナポレオン1世の甥であり、彼の名前と家族の名誉を受け継ぎました。彼は1808年にパリで生まれ、幼少期にフランスを離れ、亡命生活を送りました。彼は1836年にフランスに帰国し、政治的な野心を抱くようになりました。 1848年の2月革命(フランス革命1848年)において、ルイ=ナポレオンはフランス第二共和国の大統領に選ばれました。その後、彼は立憲派との連携を築き、大衆の支持を受けて、1851年にクーデターを起こし、共和国政府を打倒して第二帝政を宣言しました。彼は「ナポレオン3世」として戴冠し、フランス帝国の皇帝となりました。 ナポレオン3世はフランス帝国の統治下で多くの改革と近代化を推進し、都市の再建、鉄道網の拡充、経済発展などを成し遂げました。また、彼の政策はフランスの植民地帝国の拡大にも繋がり、ヨーロッパ全体で中心的な人物となりました。 しかし、普仏戦争(フランス帝国とプロイセン王国で行われた戦争)による敗北で捕虜となり、帝国が崩壊すると、ナポレオン3世は1870年に退位し、亡命生活に入りました。彼はイギリスで亡くなりましたが、フランスの歴史においては近代化を進めた改革者として称賛される一方で、権威主義的な統治と冒険主義的な外交政策を押し進めた君主として世界的でも有名な君主の一人になっています。 ■フランとは 「フラン」の名は、ラテン語の Johannes Dei Gratia Francorum Rex(神の恩寵によるフランクの王ジャン)が由来とされています。 その価値は当時の通貨であった「トゥールポンド」 (Livre tournois) と同一(1フラン=1トゥールポンド=20ソル)と定められました。 この最初のフランは「フランカ・シュヴァル」(Franc à cheval) と呼ばれています。

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