


【MS67】1915年 オーストリア フランツ・ヨーゼフ1世 リストライク 4ダカット金貨
雲上の女神で有名なフランツヨーゼフ1世が描かれた金貨! 注目されているからこそリストライク(再鋳貨)された人気硬貨です! 人気のフランツ・ヨーゼフ1世がモデルのコインから 特に状態と市場性の高いコインのご紹介です。 ■デザイン 表面:オーストリア皇帝兼ハンガリー国王フランツ・ヨーゼフの胸像が右向きに描かれています 裏面:オーストリア・ハンガリー帝国の冠をかぶった双頭の鷲が描かれています。この鳥は、オーストリア・ハンガリー帝国の支配者一族であるハプスブルク王朝の紋章の盾を持っています。 ■状態 MS67 ■コイン詳細 【発行年】1915年(リストライク)1920?1935年再鋳造 【発行国】オーストリア 【額面】 4ダカット 【鋳造地】オーストリア 【NGC鑑定枚数】669枚 【材質】 金 【重量】13.96g 【直径】約40mm 【NGC鑑定】MS67 ■ポイント *希少性 NGC社鑑定枚数669枚 発行枚数は多いものの、世界中のコレクターや投資家たちの奪い合いになり市場に出てもすぐに姿を消してしまいます。 *状態 NGC社第5位鑑定品 すばらしい状態を保持しています。 *市場性 世界で最も美しいとされている”雲上の女神”! そこに描かれているフランツ・ヨーゼフ1世がモデルのコインはコレクターからの注目度が高くとても人気があります。 さらにリストライクされるということは、そのコインの人気が非常に高いことや、芸術的価値が高いことの証明でもあります。 コイン投資のポイントを押さえた今後の価格推移も大いに期待できる金貨です。 是非お手元のコレクションに加えていただきたい逸品になります。 ▼コインのストーリー ■概要 オーストリア・ハンガリー二重帝国時代に発行されたコイン。 オーストリアの中でも特に人気が高いフランツ・ヨーゼフ1世がモデルの金貨(リストライク)です。 ■時代背景 1867年3月15日、ハンガリー議会がオーストリアとの合体を定めた「アウスグライヒ(和協)法案」を可決。これによりフランツ・ヨーゼフ1世がオーストリア皇帝とハンガリー王を兼ね、両国は外交、軍事、財政は共通にするものの、憲法と議会、政府は独自のものを置く同君連合体制になりました。 ハンガリー議会の「和協法」可決から3か月後の6月8日にはフランツ・ヨーゼフ帝がハンガリー王に戴冠し、「オーストリア・ハンガリー二重帝国」が名実ともに成立。この体制によって、ドイツから疎外されたオーストリアは中央ヨーロッパの大国の地位を維持することに成功、帝都ウィーンには世紀末美術の花が咲くなど繁栄を得ました。一方ハンガリーも首都ブダペストの近代化などに成功し、空前の繁栄を謳歌することとなります。 1908年にオスマン帝国で青年トルコ革命が起こって混乱すると、オーストリアはそれに乗じて、単なる統治権ではなく、領土そのものにしようとボスニア・ヘルツェゴヴィナ併合を強行します。この地域にはセルビア人が多数居住していたので、セルビア王国の反発が強くなり、1914年、サライェヴォ事件が勃発、この事件をきっかけとしてオーストリア=ハンガリー帝国はセルビア王国に最後通牒を突きつけ、その後の第一次世界大戦の勃発へとつながっていくことになります。 ■フランツ・ヨーゼフ1世とは フランツ・ヨーゼフ1世は、オーストリア皇帝。ハンガリー国王などを兼ねた。 全名はフランツ・ヨーゼフ・カール・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン。ハンガリー国王としてはフェレンツ・ヨージェフ1世、オーストリア帝国内のベーメン国王としてはフランティシェク・ヨゼフ1世。 68年に及ぶ長い在位と、国民からの絶大な敬愛から、オーストリア帝国(オーストリア=ハンガリー帝国)の「国父」とも称された。晩年は「不死鳥」とも呼ばれ、オーストリアの象徴的存在でもあった。皇后は美貌で知られるエリザベート。後継者となった最後の皇帝カール1世は統治期間が2年に満たなかったため、しばしばオーストリア帝国の実質的な「最後の」皇帝と呼ばれています。 ■Restrike(リストライク)とは 以前発行されたコインの復刻版・再鋳貨版のことをリストライクといいます。 コインがリストライクされるのは、以下の理由があります。 ?@希少性が高く入手が難しいオリジナルコインの人気が高くなった。 ?A芸術的観点から打ちなおす価値があると判断された。 ?B人気があるコインに状態のいいものが少ない。 などの理由から作成されています。 ■ダカット(Ducat)とは ダカットは、中世後期から20世紀の後半頃までヨーロッパで使用された硬貨。同時期を通じて、多様な金属で作られた様々なダカットが存在した。 この硬貨が初めて発行されたのは、シチリア王ルッジェーロ2世統治下のプッリャ公国(公爵領)であったと考えられている。 「ダカット」という単語は中世ラテン語の"ducatus"(「公爵の」や「公爵領の」、又は「公爵の硬貨」の意。)が語源。




