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【MS65】1774年 神聖ローマ帝国 ドイツ ハンブルク市長マルティン・ヒエロニムス・シェーレ追悼記念 銀メダル(表)

【MS65】1774年 神聖ローマ帝国 ドイツ ハンブルク市長マルティン・ヒエロニムス・シェーレ追悼記念 銀メダル

¥198,000(税込)

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バロックの香り高きピラミッドと、自由都市ハンブルクの栄光を宿すマスターピース! 一人の偉大なる指導者の生涯が、美しきシルバーに凝縮された珠玉のコレクションです。 世界中のコレクターを魅了してやまない神聖ローマ帝国コインから、 歴史的なストーリーと優れた意匠性、そして息をのむ極上コンディションを兼ね備えた銀メダルのご紹介になります。 ■デザイン 表面:雲間を背にそびえ立つ壮麗なピラミッド 銘文:PIO IVSTO PRVDENTI HVMANO(訳:信心深く、公正で、賢明で、人道的な人物に) 中央:POSITVM(訳:捧げられた) 下部:OBIIT D. XXIV. NOV. MDCCLXXIV.(訳:1774年11月24日に逝去) 裏面:リボンと美しいマント状の装飾に囲まれた、兜を戴く紋章 外周:MARTINVS HIERONYMVS SCHELE J. V. D.(訳:マルティン・ヒエロニムス・シェーレ、法学博士 ) 内周:彼の生涯を綴るタイムライン ・NAT. D. XI. DEC. MDCIC.(1699年12月11日 誕生) ・PRAET. RIT. IZR. MDCCXXXV.(1735年 裁判官に就任) ・SEN. D. IV. AVG. MDCCXLIII.(1743年8月4日 市参事会員に就任) ・CONS. D. XIX. IAN. MDCCLI.(1751年1月19日 市長に就任) ・OBIIT D. XXIV. NOV. MDCCLXXIV.(1774年11月24日 逝去) 本作の最大の魅力は、18世紀バロック後期のカトリック精神と市民文化を体現した、記念碑としての圧倒的な構図美とデザインにあります。 表面に大胆に描かれているのは、永遠の追悼と偉大なる記念を象徴する「ピラミッド」のモチーフです。その荘厳な姿を囲むように、亡き市長の美徳を讃える「信心深く、公正で、賢明で、人道的な人物へ」という言葉が格調高いラテン語で刻まれ、見る者に深い知的な感動を与えます。 そして裏面には、シェーレ家を象徴するとされる、非常に細やかな「格子兜(こうしかぶと)を戴く紋章図像」が圧倒的な立体感で浮き彫りにされています。注目すべきは、その周囲にびっしりと精緻に刻まれた生涯の日付です。彼が高度な教育を受けた法学博士(J.V.D.)であり、裁判官、市参事会員、そしてハンブルクの頂点である「市長」へと登り詰めていくタイムラインが完璧に記録されています。君主の肖像ではなく、一人の市民指導者が歩んだ栄光の軌跡と都市の歴史そのものを、その表裏すべてを使って格調高く表現した、バロック銀メダル芸術の頂点とも言える作品です。 ■状態 MS65 ■コイン詳細 【発行年】1774年 ※NGC社の鑑定ページおよびラベルには発行年「1734年」と記載されていますが、コイン自体の刻印から誤表記の可能性が高いため、現在NGC社に事実確認を行っております。 【鋳造地】神聖ローマ帝国領 自由帝国都市ハンブルク 【素材】銀 【重量】約14.5g 【直径】約34mm 【表面】雲間を背にそびえ立つ壮麗なピラミッド 【裏面】リボンと美しいマント状の装飾に囲まれた、兜を戴く紋章 【NGC鑑定】MS65 ■ポイント *希少性 “自由都市の栄華と市長の生涯を今に伝える、歴史の生き証人” この記念メダルが制作されたのは1774年。神聖ローマ帝国の自由帝国都市ハンブルクにおいて、同市の市長マルティン・ヒエロニムス・シェーレの功績を称え、その生涯を後世へ伝えるために発行されました。 それから約250年。ヨーロッパは幾度もの戦争や社会変革を経験し、当時鋳造された銀製品の多くは溶解や散逸によって現存数を大きく減らしました。そのような長い歳月を経た現在も、本品は優れた保存状態を維持したまま受け継がれており、その存在自体が大変貴重です。 また、一般流通を目的とした貨幣ではなく、限られた関係者に向けて制作された記念メダルと考えられており、もともとの製作数も少なかった可能性があります。そのため、市場への出現頻度は極めて低く、今日では容易に出会うことのできない貴重な作品となっています。 さらに注目すべきは、同タイプの過去のオークション記録を確認する限り、本品を上回るグレードの出品例が確認されていない点です。歴史的価値に加え、「NGC MS65」という優れた保存状態を兼ね備えた本品は、資料性・収集性の両面において極めて高い価値を有する一枚といえるでしょう。 *状態 ”驚異的なMS65(未使用品)と極上のトーン” 本品は世界的な第三者鑑定機関であるNGCにおいて「MS65」という非常に高い未使用評価を獲得しています。 250年以上前に制作された銀メダルで、これほどの高い評価を得たものは極めて希少です。スラブケース越しに見ても、当時の繊細な極印の表現が鮮明に残されており、ピラミッドのレンガ一つひとつや、裏面の伝統的な紋章に施された細密な装飾まで、見事なシャープさを保っています。 さらに特筆すべきは、この本作が纏う、得も言われぬ美しいパティナ(経年変化による絶妙なトーン)です。 250年を超える歳月の中で、歴代のコレクターによって大切に受け継がれてきた事実を物語るように、銀特有の深みのある渋い輝きが、エッジ(縁)や凹凸の細部に優美な陰影をもたらしています。この絶妙なコントラストが立体的なデザインをより美しく引き立てており、まさにアンティーク愛好家が追い求める、格調高い歴史の奥行きを感じさせる極上の佇まいとなっています。 *市場性 神聖ローマ帝国のコインやメダルは、現在のアンティークコイン市場において世界中のコレクターから高い支持を集める人気分野です。なかでも、独自の自治権を有した自由帝国都市が発行した記念メダルは、都市国家としての歴史や文化を色濃く映し出す作品として、高い評価を受けています。 本作は、ハンブルク市長マルティン・ヒエロニムス・シェーレの功績を称えて制作された追悼メダルであり、一人の優れた市民指導者の歩みを後世へ伝える歴史資料としても価値の高い作品です。法学博士から裁判官、市参事会員、そして市長へと至る生涯が克明に刻まれた構成は、18世紀ハンブルクの高度な自治制度や市民社会の成熟を象徴しています。 近年の国際市場では、王侯貴族の肖像を描いたコインに加え、本作のように歴史的背景や明確な物語性を備えた記念メダルへの関心が着実に高まっています。表面に配された追悼を象徴するピラミッドと、裏面の格式ある紋章が織りなす芸術性は、流通貨幣には見られない魅力を備えており、美術品としても高く評価される要素となっています。 さらに、このような記念銀メダルは制作数自体が限られていたと考えられ、市場への出現機会も多くありません。一度コレクションに収蔵されると再び市場へ現れることは少なく、希少性と芸術性を兼ね備えた作品として、今後も安定した需要が期待できる1枚といえるでしょう。 歴史的価値と芸術性、そして将来的なコレクション価値を兼ね備えた本作を、ぜひ末永くお楽しみいただける一枚としてご検討ください。 ▼コインのストーリー ■概要 バロックの香り高きピラミッドと、自由都市ハンブルクの栄光を宿すマスターピース! 一人の偉大なる指導者の生涯が、美しきシルバーに凝縮された珠玉のコレクションです。 ■神聖ローマ帝国とは 神聖ローマ帝国(Holy Roman Empire)は、中世から近世にかけてヨーロッパの政治と文化の中心に位置した、きわめて特殊で複合的な国家体制です。962年、東フランク王オットー1世がローマ教皇から帝冠を授けられたことにはじまり、1806年にナポレオンの勢力拡大により幕を閉じるまで、実におよそ850年もの長きにわたって存続しました。 名称に「ローマ」と掲げつつも、古代ローマ帝国の直接的継承ではありません。むしろ「キリスト教世界の正統な後継者」としての理念を体現しようとした点に、この帝国の独自性があります。皇帝は形式上ローマ教皇の承認を得ながらも、実際の統治はドイツ諸侯やオーストリアのハプスブルク家など多様な権力の均衡によって成り立っていました。 その領域は現在のドイツ、オーストリア、チェコ、イタリア北部などに及び、強固な中央集権国家というよりも、数多くの王国・公国・自由都市がゆるやかに連合する“国家のモザイク”のような性格をもちます。この分権的な構造は、各地域の文化や制度の独自性を育み、結果としてヨーロッパ文化の多様性の源泉ともなりました。 16世紀以降、帝位をほぼ世襲したハプスブルク家のもとで、帝国はオスマン帝国と対峙するキリスト教世界の防波堤となり、宗教改革や三十年戦争といった大事件の舞台にもなります。最終的にはナポレオン戦争の渦中で解体されましたが、その存在はヨーロッパの国際秩序や国家主権の概念に深い影響を残し、今日のヨーロッパ統合理念の源流のひとつとみなされています。 ■マルティン・ヒエロニムス・シェーレについて 18世紀の神聖ローマ帝国において、自由帝国都市として栄華を極めたハンブルクの政治を支えた人物が、マルティン・ヒエロニムス・シェーレ(1699年〜1774年)です。彼は同市の名門政治家一族の血筋を引いており、一足先に市長(ブルクマイスター)を務めた従兄のマルティン・ルーカス・シェーレの後を追うように、若くして政治の道を歩み始めました。 1730年にはすでに市政を担う「ラートマン(参事会員・市議会議員)」として抜擢され、20年以上にわたり市政の実務に深く携わりました。この長い下積み時代に培われた行政手腕と市民からの厚い信頼が、彼のその後の指導力の礎となりました。 従兄の死去に伴い、1751年にハンブルク市長に就任したシェーレは、同市の舵取りを23年の長期にわたり担い続けました。彼の任期は、まさに近代への移行期にあたる激動の時代でした。当時、神聖ローマ帝国内での都市の存続や利害関係の調整には極めて高度な外交手腕が求められましたが、法学に裏打ちされた彼の深い知識と慎重な政治姿勢は、都市の独立と通商の自由を守る上で重要な役割を果たしました。 私利私欲に流されない公正な裁判と、困窮する市民への慈愛に満ちた姿勢は、当時から多くの人々に称賛されていました。1774年に彼がその生涯を閉じた際には、長年の偉大な功績を讃え、追悼の記念コイン(市長メダル)が鋳造されるほど、ハンブルクの街にとって不可欠な存在であり続けました。シェーレの統治は、激動の18世紀におけるハンブルクの安定と繁栄を象徴する、重要な歴史の1ページとして現代に語り継がれています。

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