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【MS62】1243年?1244年(ヒジュラ暦640年?656年) イスラム王朝アッバース朝 アル・ムスタシム ディナール金貨

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アッバース朝最後のイスラムコイン!
最高鑑定品入荷です!

近年注目度の高いイスラムコインの中でも、
特に状態と希少性の高いコインのご紹介となります。

■デザイン

表面:アラビア語
裏面:アラビア語

■状態

MS62

■コイン詳細

【発行年】1243年?1244年
【鋳造地】バクダッド
【額面】1ディナール
【NGC鑑定枚数】9枚
【素材】:金
【重量】:約5.98g
【直径】:約27mm
【表面】:アラビア語
【裏面】:アラビア語
【NGC鑑定】MS62

■ポイント

*希少性
NGC社鑑定枚数9枚。
この時代のイスラムコインは鑑定枚数も少なく状態の良いものを探すことはとても困難となっています。

*状態
NGC社最高鑑定品!
本品のような最高鑑定品はめったにお目にかかれません。

*市場性
イスラムコインは近年上昇が著しく、
今後ますます注目をされていくコインとなります!
そのため、非常に高い伸びしろ、上昇率が期待されます。

▼コインのストーリー

■概要

アッバース朝最後のイスラムコイン!
希少性も高い最高鑑定品の金貨です!

■イスラム帝国とは

イスラム教(イスラーム)の教えに従って生まれたイスラム共同体(ウンマ)の主流派政権が形成した帝国のことさす。
イスラム国家の帝国的な支配体制のうち、アッバース朝において実現された、ムスリム(イスラム教徒)であれば平等に支配される国家体制のこと。アラブが支配階級として君臨していた体制を指して「アラブ帝国」と呼ぶのに対比する形で用いられる。世界の歴史学者の間では、この理解が一般的。
日本においてはイスラム世界の中心的な王朝を漠然とイスラム帝国と呼ぶ事が多い。

■アッバース朝とは

アッバース朝は、中東地域を支配したイスラム帝国第2のイスラム王朝(750年–1258年)。ウマイヤ朝に代わり成立。
8世紀半ば、ウマイヤ家よりもムハンマドの家系に近いアッバース家を指導者として行われた革命によって成立した政権。ホラーサーンを王朝発祥の基盤とする東向きの帝国で、イラクのバグダットを首都としました。アンダルスではウマイヤ朝の残党が後ウマイヤ朝を建設してアッバース朝の支配から離れたが、それを除いた帝国のほとんどを継承し、さらにタラス河畔の戦いで唐軍を撃退すると中央アジア、インドまで勢力を広げてイスラム国家としては過去最大の版図を実現しています。

■アル・ムスタシムとは

アッバース朝の第 37 代にして最後のカリフであり、1242 年から 1258 年に亡くなるまで統治しました。

ムスタシムは、750 年の設立以来、フラグ・ハーン(西アジアの多くを征服したモンゴルの支配者。彼はチンギス・ハーン、アリク・ベーケ、モンケ・ハーン、フビライ・ハーンの兄弟)の下で、トランスオキシアナとホラサンの抵抗をすでに一掃していたモンゴル軍の侵略という、アッバース朝に対する最大の脅威に直面しなければなりませんでした。

1258年、フラグ・ハーンはアッバース朝の領地に侵攻。アンバール付近の戦いではアッバース朝軍は一度モンゴル軍に対して勝利を収めるが、進軍を止めるには至りませんでした。
1258年1月22日、フラグ・ハーンはいくつかの隊を都市に同時に前進、首都バグダードはモンゴル軍に包囲され、2月10日に降伏。バグダードの戦い(あるいは「バグダッド包囲戦」 は、1258年にチンギス・ハーンの孫にあたるフラグ・ハーン率いるモンゴル軍がアッバース朝のバグダードを包囲した戦い)で降伏したムスタシムは2月21日に処刑されました。

アル・ムスタシムの処刑は、イスラム世界に衝撃を与え、多くの人々がモンゴル帝国に対する敵意を募らせることになりました。また、この事件は、中東地域における政治的、文化的な変化をもたらし、イスラム世界における影響力の変化を象徴する出来事として知られています。

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