アンティークコインの通販ならRareCoinShop

アンティークコインの通販ならRareCoinShop

×

【MS65+】1849年 フランス 第二共和政 ヘラクレス 5フラン銀貨

SOLD OUT

激動の時代を象徴する歴史遺産!
自由と平等を求めたフランスを象徴する1枚です。

 

抜群の人気を誇るフランスコインから
特に状態と市場性に優れた銀貨のご紹介となります。

 

■デザイン


表面:月桂樹のリースの中に額面、日付
銘文:REPUBLIQUE FRANCAISE 5 FRANCS 1849 A
※A:パリミントを意味しています

 

裏面:ギリシャ神話の英雄ヘラクレスと女神
銘文:LIBERTE EGALITE FRATERNITE

 

エッジ:DIEU PROTEGE LA FRANCE(訳:我がフランスは神に見守らています)

 

※刻印師:オギュスタン・デュプレ
18世紀から19世紀にかけて活躍したメダル彫刻家、オギュスタン・デュプレ。
第14代フランス貨幣彫刻師長を務め、数々の美しい作品を生み出したフランスを代表するデザイナーです。
彼の作品は、洗練されたデザインと卓越した技術で、今もなお多くの人々を魅了し続けています。
 

■状態


MS65+

 

■コイン詳細


【発行年】1849年
【鋳造地】パリ
【額面】 5フラン
【発行枚数】29,130,599枚
【素材】銀
【直径】37mm
【重量】25 g
【表面】月桂樹のリースの中に額面、日付
【裏面】ナポレオン皇帝の紋章
【刻印師】Augustin Dupre
【NGC鑑定】MS65+
 

■ポイント


*希少性
”NGC鑑定枚数128枚”
1848年の革命の中で誕生し、翌年の1849年までのわずか2年間で発行された貴重なコインです。当時の流通貨幣として実際に使用されていたため、コレクション対象になるコインは極めて希少です。長い歴史を経た現在においてもこれほどの保存状態を保っていることは奇跡であり、コレクションの対象として非常に価値の高い一枚と言えるでしょう。

 

*状態
”NGC第3位鑑定”
MS66+:1枚
MS66:6枚
MS65+:1枚(本品)
上位グレードはわずか7枚しかありません。
この時代の硬貨は、傷ついたものが多く、状態の良いものがあまり残ってはいません。
約170年前の激動の時代に生まれたコインでありながらMS(完全未使用品)評価!と抜群の状態を保持しています。

 

*市場性


フランスのコインは、その卓越した芸術性と深い歴史的背景により、世界中のコレクターから非常に高い評価を受けています。その中でも 「ヘラクレス5フラン銀貨」 は、フランス革命の精神を象徴するコインとして特別な魅力を放っています。

 

1848年の二月革命により、フランスは王政を打倒し、第二共和政が誕生しました。この「ヘラクレス5フラン銀貨」は、まさにその革命という激動の間に発行された、歴史の転換点を体現する逸品 です。デザインにはフランスの共和主義を象徴するヘラクレス像が刻まれ、「自由・平等・友愛」の理念が込められています。この銀貨は、第二共和政がわずか4年で終焉を迎えたことから、19世紀フランス市民の自由への渇望と革命の熱気を今に伝える、まさに歴史を語る逸品と言えるでしょう。

 

そして本品は、”MS65+”という極めて高いグレード が付与された、まさにプレミアムな逸品です。現存数も少なく、特にハイグレード品は市場に出回ることが非常に稀です。近年、歴史的価値のあるコインの需要が世界的に高まっており、今後の価値上昇も大いに期待されます。

 

フランスの卓越した彫刻技術が生み出した美しいデザインと、革命の精神を宿す歴史的価値を兼ね備えた「ヘラクレス5フラン銀貨」。このコインを手にすることは、美術品としての魅力を堪能するだけでなく、フランス近代史の象徴を手元に置くという貴重な機会となります。

 

お求めやすい価格でありながら、その価値の成長に期待の膨らむフランスコイン!
お手ごろな価格のうちにコレクションし今後の値動きを楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

▼コインのストーリー


■概要

 

激動の時代を象徴する歴史遺産!

自由と平等を求めたフランスを象徴する1枚です。


■第二共和制とは

 

1848年2月、フランスでは二月革命によってルイ・フィリップ王政が打倒され、第二共和政が樹立されました。これは、1830年の七月革命で成立した立憲君主制が、社会の不満の高まりや政治改革の要求に応えられず、崩壊した結果でした。


第二共和政が成立すると、政府は社会改革を進めるため、男子普通選挙の導入や労働時間の短縮、国立作業所の設置などの進歩的な政策を打ち出しました。しかし、これらの政策は財政的な負担を増大させ、社会主義的な色合いが強かったため、保守派やブルジョワ層から反発を招くこととなりました。


1848年6月には、政府が国立作業所の閉鎖を決定したことを受け、労働者を中心とした大規模な蜂起(六月蜂起)が発生しました。政府はこれを武力で鎮圧しましたが、社会の亀裂は深まり、政治はさらに混乱しました。


こうした混乱の中、1848年12月の大統領選挙で、ナポレオン・ボナパルトの甥であるルイ・ナポレオンが圧倒的な支持を得て当選します。彼は、国民の期待に応える形で強力なリーダーシップを発揮し、1851年12月にはクーデターを実行して議会を解散。翌年には国民投票で皇帝に即位し、第二帝政を樹立しました。


結果として、フランス第二共和政はわずか4年という短い期間で終焉を迎えました。その背景には、社会の不安定さや政治の混乱、そして強力な指導者を求める国民の願望がありました。第二共和政はフランス革命の理念を継承しつつも、社会の矛盾を解決することができず、最終的に帝政への移行を許してしまったことが、歴史的な教訓として残りました。


■ナポレオン3世とは

 

ナポレオン3世(1808年4月20日 - 1873年1月9日)は、フランス皇帝ナポレオン1世の甥であり、フランス第二共和国の大統領(在任:1848年 - 1852年)を経て、1852年にクーデターを起こし、フランス第二帝政を樹立して皇帝(在位:1852年 - 1870年)となった人物です。


パリで生まれた彼は、幼少期にフランスを離れ亡命生活を送りましたが、1836年に帰国し、政治的な野心を抱くようになりました。1848年の二月革命によってフランス第二共和国が成立すると、大衆の支持を受けて大統領に選出されました。その後、立憲派との連携を築いたうえで1851年にクーデターを決行し、共和国政府を打倒して帝政を宣言、自ら「ナポレオン3世」と名乗り皇帝に即位しました。


彼の治世では、パリの都市改造、鉄道網の拡充、経済発展など、フランスの近代化が推進されました。また、海外進出にも積極的で、フランスの植民地帝国の拡大を進めるとともに、ヨーロッパ外交においても重要な役割を果たしました。しかし、1870年に勃発した普仏戦争でプロイセンに敗北し、捕虜となったことで帝国は崩壊し、彼自身も退位を余儀なくされました。


退位後はイギリスへ亡命し、1873年にその地で生涯を終えました。彼はフランスの近代化を推進した改革者として賞賛される一方で、権威主義的な統治や冒険的な外交政策を展開した君主としても広く知られています。

最近チェックした商品