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【MS62】1805年 イタリア ルッカ・エ・ピオンビーノ公国 フェリーチェ・バチョッキ&エリザ・ボナパルト 5フランキ銀貨

SOLD OUT

ナポレオンの血統が刻まれた貴重な銀貨!
歴史とロマンを感じさせる逸品です。

 

芸術的なデザインで人気を集めるイタリアコインから
特に市場性と状態に優れた銀貨のご紹介となります。

 

■デザイン


表面:フェリーチェ・バチョッキ&エリザ・ボナパルトの右向きに並んだ肖像
銘文:FELICE ED ELISA PP • DI LUCCA E PIOMBINO

 

裏面:花輪の中に額面
銘文:PRINCIPATO DI LUCCA E PIOMBINO 5 FRANCHI 1805
 

■状態


MS62

 

■コイン詳細


【発行年】1805年
【鋳造地】フィレンツェ造幣局
【額面】5フランキ
【NGC鑑定枚数】72枚
【素材】銀
【重量】24.84g
【直径】37mm
【表面】フェリーチェ・バチョッキ&エリザ・ボナパルトの右向きに並んだ肖像
【裏面】花輪の中に額面
【刻印師】Giovanni Antonio Santarelli
【NGC鑑定】MS62

 

■ポイント


*希少性
”NGC鑑定枚数72枚”
1805年から1808年にかけて発行されたこのシリーズは、発行枚数は比較的多かったと推測されています。しかし、当時は流通貨幣として実際に使用されていたため、市場に出回るものは摩耗が進んでいることが多く、未使用の状態(MSグレード)のコインはごく少数です。

 

*状態
”NGC第5位鑑定”
MS65:2枚
MS64:2枚
MS63:5枚
MS62+:1枚
上位グレードは10枚しかありません。
”MS62”というグレードが示す通り、この銀貨は200年以上の時を経た今もなお、美しい輝きを保っています。表面にはエリザ・ボナパルトとフェリーチェ・バチョッキの肖像が鮮明に刻まれ、その歴史の重みが手に取る者を魅了します。

 

*市場性
ナポレオン時代に発行された「ルッカ・エ・ピオンビーノ公国 5フランキ銀貨」は、その歴史的背景と希少性から市場で高い人気を誇る一枚です。
ルッカ・エ・ピオンビーノ公国は、フランス革命後の混乱の中、ナポレオンの軍事的成功とヨーロッパ再編の一環として誕生した公国で、1805年にナポレオンの妹 エリザ・ボナパルトとその夫フェリーチェ・バチョッキが統治者に任命されました。

 

エリザは優れた統治者として知られ、フランス式の行政・司法改革を導入し、文化振興にも力を注ぎました。彼女の支配下でルッカは近代化が進み、ピオンビーノもナポレオン帝国の重要な拠点の一つとなりました。しかし1814年ナポレオンの没落とともにエリザも地位を失い、1815年のウィーン会議でルッカ公国へと再編されました。

 

本貨は、こうした歴史の中で生まれた象徴的な銀貨であり、ナポレオンの勢力拡大とボナパルト家の影響力を物語る貴重なコインです。特に、希少性の高さは市場において際立っています。

 

NGC鑑定総数72枚のうち、本貨は”MS62(第5位)”が付与されており、これを上回るグレードはわずか10枚のみ。極めて限られた希少品であり、特に高鑑定品は市場で見かけることは滅多にありません。そのため、ナポレオン時代の貨幣を収集するコレクターや歴史愛好家にとってはもちろん、資産価値を重視する投資家にとっても非常に魅力的な一枚と言えます。

 

また、ナポレオンの栄光とボナパルト家の影響を色濃く反映した本貨は、歴史の証人として今なお市場で高い注目を集めています。

 

近年、ヨーロッパ金貨の価格が急騰する中、イタリア金貨は比較的手の届きやすい価格帯で購入が可能となっています。しかし、今後さらに注目されていくことが予想されるため、現在の価格帯のうちにコレクションに加えることをお勧めいたします。

 

お求めやすい価格でありながら、その価値の成長に期待の膨らむイタリアコイン!
美しい輝きと芸術性あふれる作品をこの機会にぜひその手でお確かめください。

 

▼コインのストーリー


■概要

 

ナポレオンの血統が刻まれた貴重な銀貨!

歴史とロマンを感じさせる逸品です。


■ルッカ・エ・ピオンビーノ公国とは

 

ルッカ・エ・ピオンビーノ公国は、ナポレオン戦争期の1805年から1814年までイタリア半島に存在した公国です。フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトによって創設され、彼の妹エリザ・ボナパルトが統治しました。


もともとルッカ共和国とピオンビーノ公国は別々の国家でしたが、1805年にナポレオンの命令で創設され、新たな公国となりました。ルッカはトスカーナ地方の歴史ある都市国家であり、ピオンビーノはティレニア海沿いの要衝でした。エリザは統治の際、行政・法制度の改革や教育の充実に力を入れ、公国内の近代化を進めました。また、ナポレオンの支配下でトスカーナ大公国の統治も任されるようになり、影響力を強めました。


しかし、ナポレオンの没落とともに公国も短命に終わります。1814年、ナポレオンが退位すると、ルッカ・エ・ピオンビーノ公国は解体され、ルッカはオーストリアの管理下を経て最終的にトスカーナ大公国に併合されました。こうして公国はわずか9年で消滅しましたが、ナポレオン体制下のイタリア統治の一環として重要な役割を果たしました。


■エリザ・ボナパルトとは

 

エリザ・ボナパルト(1777年–1820年)は、ナポレオン・ボナパルトの姉で、フランス第一帝政時代に活躍した女性です。コルシカ島で生まれ、1797年にフェリーチェ・バチョッキと結婚しました。1805年にはナポレオンからルッカ・エ・ピオンビーノ公国の公女として任命され、1809年にはトスカーナ大公国の支配者となりました。


彼女は統治者として、教育改革や文化の発展に力を入れ、特にルッカに美術学校を設立しました。ナポレオンが失脚した1814年、エリザも権力を失い、ウィーンやボローニャで静かな晩年を過ごしました。1820年に亡くなり、コルシカに埋葬されました。彼女の統治は、ナポレオン家の女性の中でも特に優れたものとして評価されています。


■ナポレオン1世とは

 

ナポレオン1世(1769年-1821年)は、フランス革命後の混乱を収拾し、その後のヨーロッパの歴史に大きな影響を与えた偉大な指導者。彼は軍事的才能と政治的洞察力を兼ね備え、フランスの混乱を収拾し、国家の安定と栄光を追求しました。


ナポレオンは革命戦争の英雄としての名声を得、1799年にブリュメールのクーデターでフランスの実権を掌握し、初代統領となりました。翌1804年にはフランス皇帝として戴冠し、ナポレオン1世と名乗っています。彼の統治はナポレオン法典の制定などで知られ、近代法の基盤を築きました。


ナポレオンは軍事的な天才としても評価されており、数々の戦役で勝利を収め、フランス帝国の領土を拡大しました。彼のもとでの軍事改革は戦術や戦略の革新をもたらし、彼の指導のもとで多くの戦闘で成功を収めました。

しかし、ナポレオンの野心はその勢いを保つことが難しく、彼の拡張主義政策はヨーロッパの他の国々との対立を引き起こしました。


結果として、ナポレオン戦争が勃発し、彼の帝国は次第に縮小していきました。1814年にはエルバ島に追放され、後に脱出してワーテルローの戦いで敗北し、再度の流刑が待っていました。

ナポレオンはセントヘレナ島で最期を迎えましたが、彼の政治的・法律的遺産は多くの国で受け継がれ、彼の戦術や戦略は軍事教育の基盤となりました。

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