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【MS63】1907年 イタリア ヴィットリオ・エマニュエーレ3世 2リレ銀貨

SOLD OUT

世界中のコレクターを魅了するイタリアコイン!
ヴィットリオ・エマニュエーレ3世の時代を象徴する名品です。

 

芸術的なデザインで注目を集めるイタリアコインから
特に状態と市場性に優れた銀貨のご紹介となります。

 

■デザイン


表面:ヴィットリオ・エマニュエーレ3世の肖像
銘文:VITTORIO EMANUELE III SPERANZA

 

裏面:サヴォイア王家の紋章を背負った王冠を戴く鷲
銘文:REGNO D'ITALIAL.2 R 1907
 

■状態


MS 63

 

■コイン詳細


【発行年】1907年
【鋳造地】ローマ
【発行枚数】1,245,450枚
【額面】2リレ
【素材】銀
【重量】10g
【直径】27mm
【表面】ヴィットリオ・エマニュエーレ3世の肖像
【裏面】サヴォイア王家の紋章を背負った王冠を戴く鷲
【刻印師】Filippo Speranza
【NGC鑑定】MS 63
 

■ポイント


*希少性
“NGC鑑定枚数35枚”
1907年銘のイタリア2リレ銀貨は、ローマ造幣局(R)で124万枚以上発行されました。しかし、当時の流通通貨としての摩耗や歴史的背景から、現存する高鑑定のコインは極めて希少です。

 

・流通による摩耗: 当時、2リレ銀貨は日常的に使用されていたため、コレクション対象となる状態のコインは少ない。
・第一次世界大戦の影響: 第一次世界大戦中、政府は戦費調達のために大量のコインを回収し、溶解したとされています。

 

これらの要因により、現存する2リレ銀貨はごくわずかしかありません。NGCによる鑑定枚数もわずか35枚であり、その希少性を裏付けています。

 

*状態
”NGC第3位鑑定”
上位グレードは僅かに5枚しかありません。
本コインはNGC鑑定のMS63(完全未使用品) が付与されており、非常に優れた保存状態を誇ります。
打刻の鮮明さ、細部に至るまでの美しさも申し分ありません。

 

*市場性
ヴィットリオ・エマニュエーレ3世は、実は熱心なコインコレクターでもありました。彼は貨幣の歴史とデザインに深い造詣を持ち、自身が統治する王国の貨幣デザインにも強い関心を寄せていました。そのため、彼の在位期間中に発行されたコインは、芸術的な完成度が非常に高く、現在でもコレクターの間で高く評価されています。

 

この銀貨は、イタリア王国の栄華を今に伝える歴史の証人であり、同時にヴィットリオ・エマニュエーレ3世の若き日の情熱と希望を映し出す芸術作品といえます。

 

そして、NGC鑑定枚数わずか35枚、MS63という卓越した保存状態、そして何よりも洗練されたデザインと重厚な歴史的背景が、このコインを唯一無二の存在にしています。

 

王自らがこだわり抜いた精巧なデザイン、限られた鑑定枚数、高グレード品の希少性、そして安定した市場価格―こうした要素を総合して考えても、投資価値と芸術的価値の両面で極めて魅力的な一枚です。

 

近年、ヨーロッパコインの値上がりが激しい中で、イタリアコインはまだ比較的手が出し易い価格で購入が可能となっています。
とはいえ今後ますます注目をされていくコインとなりますので
この価格帯のうちにコレクションに加えることをお勧めいたします。

 

お求めやすい価格でありながら、その価値の成長に期待の膨らむイタリアコイン!
お手ごろな価格のうちにぜひコレクションしていただきたい1枚です。

 

▼コインのストーリー
 

■概要

 

世界中のコレクターを魅了するイタリアコイン!

ヴィットリオ・エマニュエーレ3世の時代を象徴する名品です。


■イタリアの歴史背景

 

1900年頃のイタリアは、複雑かつ激動の時代を経て、統一された国家でした。19世紀初頭には、イタリアは分裂した小国家や支配者によって統治され、一体感を持たないままでした。しかし、リソルジメント運動(Risorgimento)が進展する中で、その変容が始まりました。


リソルジメント運動は、19世紀半ばから後半にかけてのイタリアにおける統一を目指す重要な運動でした。ジュゼッペ・ガリバルディを中心とする指導者たちが活躍し、特に彼の率いる赤シャツ隊が南部での戦闘を指揮し、国家の再統一を求めて奮闘しました。


同時に、イタリアの統一には外部からの助力も不可欠でした。ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世はシチリア王国の国王として、カヴール伯爵の指導のもと、サルデーニャ王国を拠点に統一を進めました。1859年から1861年にかけての間に、サルデーニャはオーストリアとの戦争に勝利し、北部の領土を統一。同時に、ガリバルディの南部での戦闘も国家の一体化を促進しました。


1861年、イタリア王国が成立し、ヴィットーリオ・エマニュエーレ2世が初代国王に即位しましたが、完全な統一には時間がかかりました。特にローマが教皇領として独立していたため、イタリアの首都は一時的にフィレンツェやトリノなどが変遷しました。


1900年頃には、イタリアは国内で政治的な課題や社会的な変革に直面していました。工業化と都市化が進み、社会構造が変化する中で、労働者階級の権利や労働条件に関する問題が浮上しました。同時に、国際情勢も影響を与え、イタリアは第一次世界大戦において連合国側として参戦しました。


この時期のイタリアは、統一を果たし国家としてのアイデンティティを確立したものの、内外の様々な課題に取り組む中で、変化と発展を遂げた重要な時代でした。


■ヴィットリオ・エマニュエーレ3世とは

 

ヴィットリオ・エマニュエーレ3世は、1900年から1946年までイタリア国王として在位し、その間に国家の重大な変革や歴史的な出来事に直面しました。


ヴィットリオ・エマニュエーレ3世は、イタリア統一後の王室の一員であり、彼の治世はリソルジメント運動の成功を受けていた時代でした。彼は父親であるウンベルト1世の死後、1900年に即位しました。彼の即位直後には、社会的・政治的な変革の激動が国内に広がっており、これに対応するために彼は慎重でバランスの取れたリーダーシップを発揮しました。


ヴィットリオ・エマニュエーレ3世の治世において、イタリアは第一次世界大戦に参戦し、彼は戦争中に国家を指導しました。1915年の連合国への参戦により、彼はイタリアを戦場に導きましたが、その後の戦局は複雑であり、戦後には失望と不満が拡がりました。また、第一次世界大戦後の不況や政治的な混乱も彼の統治時代に影響を与えました。


1930年代に入ると、ヴィットリオ・エマニュエーレ3世はファシスト党の指導者ベニート・ムッソリーニと協力関係を築きました。彼はファシスト政権を支持し、ムッソリーニが首相として政権を握る中で、国家を統一的にまとめるための措置に賛同しました。しかし、第二次世界大戦が勃発すると、彼の指導力は試練に直面しました。イタリアが連合国から離脱し、ファシスト政権が崩壊すると、ヴィットリオ・エマニュエーレ3世はムッソリーニを逮捕し、新しい政府の形成を支援しました。


1946年、イタリアが共和制へ移行すると、ヴィットリオ・エマニュエーレ3世は王位を放棄し、国民投票で王制の廃止が決定されました。その後、彼は亡命生活を送り、スイスで亡くなりました。ヴィットリオ・エマニュエーレ3世の治世は、イタリアが大きな歴史的転換期を迎え、王制が終焉する一因となった激動の時代と見なされています。

 

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