【MS 4/5 3/5】66年~70年 古代イスラエル 第一次ユダヤ戦争 シェケル銀貨
古代イスラエルの誇り高きシェケル銀貨!
ユダヤ人コレクターが追い求める、至高の逸品です。
世界市場で抜群の人気を誇るシェケル銀貨の中でも、奇跡的な保存状態を誇っています。
他では間違いなく入手困難なレアコインのご紹介になります。
■デザイン
表面:儀式用の聖杯
銘文:イスラエルのシェケル(古ヘブライ語)
裏面:3つのザクロのつぼみ
銘文:「聖なるエルサレム」(ヘブライ語)
■状態
MS Strike: 4/5 Surface: 3/5
■コイン詳細
【発行年】66年~70年
【鋳造地】エルサレム
【額面】シェケル
【素材】銀
【重量】14.16g
【直径】22mm
【表面】儀式用の聖杯
【裏面】3つのザクロのつぼみ
【NGC鑑定】MS Strike: 4/5 Surface: 3/5
■ポイント
*希少性
”NGC鑑定枚数413枚”
このシェケル銀貨は、第一次ユダヤ戦争(66-70年)の三年目(68-69年)に鋳造された貨幣です。
発行枚数は不明ですが、戦時中に鋳造されたコインのため現存数は限られています。特に、完全未使用に近い状態で現存するものは極めて少なく、市場にでると争奪戦となりすぐにその姿を消してしまっています。
*状態
・Strike(打刻)は4と高評価!
・Surface(表面)は、3でこちらも申し分ありません!
・グレード: MS(完全未使用品)!上位グレード(CH MS)はわずか6枚のみ。
さらにその他古代コインにありがちなマイナスとなるポイントも一切ありません!
2000年もの時を経て、この状態で保存されていることは奇跡に近いといっても過言ではありません。
*市場性
第一次ユダヤ戦争(66年~70年)は、ローマ帝国の支配に対するユダヤ民族の大規模な反乱であり、ユダヤ史上最も重要な出来事の一つとされています。ローマの圧政や宗教的抑圧に対する抵抗として勃発し、その中でユダヤ人は独立の象徴として独自の貨幣を発行しました。なかでも「シェケル銀貨」は特に象徴的な存在であり、ユダヤ民族の誇りと独立への強い意志を現代に伝える貴重な歴史遺産です。
本貨は戦争の第三年(68~69年)にエルサレムで鋳造され、ユダヤ人が独立国家としてのアイデンティティを守ろうとした決意を反映しています。表面には「イスラエルのシェケル」の刻印とともに、エルサレム神殿の儀式で使用された聖杯が描かれ、裏面には「聖なるエルサレム」というヘブライ語の刻印と、ユダヤ教の神聖な象徴である三つのざくろの実をつけた枝が刻まれています。このデザインは、貨幣が単なる通貨ではなく、ユダヤ人の信仰と民族の誇りを表していることを示しています。
約2000年の時を経たこのシェケル銀貨は、ユダヤ民族の独立への願いと抵抗の象徴として特別な価値を持ちます。第一次ユダヤ戦争中に発行されましたが、ユダヤ国家の滅亡とともに歴史の表舞台から姿を消しました。しかし、その精神は今なお語り継がれています。現存する枚数は極めて少なく、特に完全未使用に近いものは市場で高い評価を受けています。その歴史的背景と象徴性から、世界中のコレクターや投資家、とりわけユダヤ人コレクターから熱い支持を集め続けています。
未来へと語り継ぐべき特別な一枚!
市場では手に入らない貴重な歴史遺産です。
資産として、投資として、コレクションとして、
どれをとっても申し分のない 末長く所持していたい逸品です!
▼コインのストーリー
■概要
古代イスラエルの誇り高きシェケル銀貨!
ユダヤ人コレクターが追い求める、至高の逸品です。
■第一次ユダヤ戦争とは
第一次ユダヤ戦争(66年~73年)は、ローマ帝国に対するユダヤ人の大規模な反乱です。ユダヤ属州の住民はローマの圧政や重税に不満を募らせ、66年にエルサレムで反乱を起こしました。ユダヤ人勢力は一時的にローマ軍を撃退し、属州総督を追放するなどの成功を収めました。しかし、ローマ帝国はこの反乱を重大視し、将軍ウェスパシアヌスとその息子ティトゥスを派遣し、鎮圧に乗り出しました。
ローマ軍は各地の都市を攻略し、反乱軍を追い詰めていきました。戦争の最中、ローマでは内乱が勃発し、ウェスパシアヌスが皇帝に即位(69年)。指揮を引き継いだティトゥスは、70年にユダヤの中心都市エルサレムを包囲・攻撃しました。ユダヤ人たちは激しく抵抗しましたが、ローマ軍の猛攻により城壁は突破され、街は占領されました。この戦いで第二神殿が焼き払われ、ユダヤ教の聖地は壊滅的な被害を受けました。生き残ったユダヤ人の多くは虐殺されるか、奴隷として各地に売られました。
戦争は73年、最後の抵抗拠点マサダ要塞が陥落して終結しました。約1,000人のユダヤ人がローマ軍の猛攻を受け、逃げ場を失った彼らは最終的に集団自決を選んだと伝えられています。これにより、ユダヤ人の組織的な抵抗は終わり、ユダヤ属州は完全にローマの支配下に置かれました。
この戦争の影響でユダヤ人社会は壊滅的な打撃を受け、以後、【ディアスポラ(離散)】が進むことになりました。ユダヤ人は各地に散らばりながらも、信仰と文化を守り続けました。この戦争は、ユダヤ民族の歴史に深い傷を残した出来事として、現在も語り継がれています。
■ディアスポラとは
ディアスポラ(離散)とは、民族や宗教的な共同体が故郷を離れ、世界各地に散らばることを指します。特に、ユダヤ人のディアスポラは歴史的に重要な出来事として知られています。
ユダヤ人のディアスポラは、紀元前6世紀のバビロン捕囚から始まりましたが、本格的に進んだのは第一次ユダヤ戦争(66年~73年)の後です。この戦争でローマ軍がエルサレムを破壊し、多くのユダヤ人が殺されるか、奴隷として各地に売られました。さらに、132年~135年のバル・コクバの乱後、ローマ帝国はユダヤ人のエルサレム居住を禁じ、多くの人々が周辺地域や遠くの国へ移住せざるを得なくなりました。
その後、ユダヤ人はヨーロッパ、中東、北アフリカなどに広がり、それぞれの地で共同体(ディアスポラ・コミュニティ)を形成しました。彼らは商業、学問、金融などで活躍しましたが、時には迫害や差別を受けることもありました。特に、中世ヨーロッパでは十字軍や宗教裁判による迫害があり、近代に入るとナチス・ドイツによるホロコーストという悲劇も起こりました。
しかし、ユダヤ人はどこにいても信仰と文化を守り続けました。そして、1948年のイスラエル建国により、一部のユダヤ人は歴史的な故郷へ戻ることができました。現在も、世界各地にディアスポラのユダヤ人が存在し、国際社会で重要な役割を果たしています。





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