【MS64★DPL】1852年 ドイツ バイエルン マクシミリアン2世 都市景観 1ダカット金貨
壮麗なる都市景観が輝く、バイエルンの至宝!
世界中のコレクターを魅了してやまない、極めて希少なダカット金貨です。
絶大な人気を誇る都市景観コインから、
最高のグレード評価が与えられた貴重な金貨のご紹介になります。
■デザイン
表面:マクシミリアン2世の肖像
銘文:MAXIMILIAN. II BAVARIAE REX
裏面:シュパイヤー大聖堂を望む、ライン川沿いの美しい都市景観図
銘文:EX AURO RHENI MDCCCLVII
■状態
MS64★DPL
■コイン詳細
【発行年】1852年
【鋳造地】ドイツ バイエルン
【NGC鑑定枚数】2枚
【額面】1ダカット
【素材】金
【重量】3.49g
【直径】20mm
【表面】マクシミリアン2世の肖像
【裏面】シュパイヤー大聖堂を望む、ライン川沿いの美しい都市景観図
【NGC鑑定】MS64★DPL
■ポイント
*希少性
”NGC鑑定枚数2枚”
NGC最高鑑定品であり、現存する鑑定枚数はわずか2枚のみ。さらに、輝きと美しさを評価された*『★』付きMS64★DPLグレード*は極めて稀少で、同等品の入手は困難を極めます。
コレクターにとって、まさに「一期一会」の逸品といっても過言ではありません。
*状態
”NGC最高鑑定品”
DPL (Deep PROOF LIKE) : ディーププルーフライク
プルーフコインとして製造されたコインではなく、ミントステート(一般流通型の貨幣)コインの中に鏡面仕上げをしたようなプルーフコインに近い輝きをもったコインです。
プルーフライクは極めて希少で、コインによっては他のものと比較すると数倍以上の値で取引されるなど、コレクターにとって非常に注目度の高い評価となります。
本品は、プルーフコインよりさらに輝きの美しい『Deep Proof Like:ディーププルーフライク』という鑑定がされており、その高い品質から、より価値のあるコインとして認められています。
そしてなんと『★』も付与!状態に特筆すべき美しい評価がある証です。
170年の時を経てもなお、これほどの美しさを保っていること自体が奇跡と言えるでしょう。
*市場性
都市景観コインは、その精巧なデザインと芸術的価値の高さから、世界中のコレクターを魅了し続けています。中でも、本コインに描かれたシュパイヤー大聖堂は、ドイツの歴史と深く結びついた特別な存在です。
シュパイヤー大聖堂は、1030年頃に建設が始まり、神聖ローマ帝国の皇帝たちが戴冠し、歴代の皇帝が眠る神聖な地です。 ヨーロッパ最大級のロマネスク建築としても名高く、その壮麗な姿は中世の信仰の深さと歴史の重みを今に伝えています。1981年にはユネスコ世界遺産にも登録され、現在もなお多くの人々が訪れる荘厳な聖堂です。その歴史と威厳が刻まれたこのダカット金貨は、まさに芸術と歴史の融合といえるでしょう。
また、本コインはNGC鑑定で”MS64★DPL”という極めて希少なグレードを獲得しており、鏡面のように輝くディーププルーフライクの美しさと、際立った保存状態が認定されています。さらに、NGCにおいてこのグレードで認定されているのはわずか2枚のみ。市場に出回ることは極めて稀であり、次にいつ巡り会えるかわからない希少性を誇っています。
その希少性と人気の高さから、市場に出てもすぐに姿を消してしまう都市景観コイン!
コレクションとしても、投資対象としても申し分のない1枚です。
大変美しく、資産価値の高いこちらの金貨を、ぜひコレクションの一つとしてご検討ください。
▼コインのストーリー
■概要
世界市場で抜群の人気を誇る都市景観コイン!
最高のグレード評価が与えられた極めて貴重な金貨です。
■バイエルン王国について
バイエルン王国は、現在のドイツ南部にあたる地域に19世紀初めから20世紀初頭まで存在した王国です。その起源はバイエルン公国にさかのぼり、首都ミュンヘンを中心にヴィッテルスバッハ家が統治していました。
1805年、バイエルン選帝侯マクシミリアン4世はフランス帝国と同盟を結び、プレスブルクの和約によりオーストリアからティロルを譲り受けました。その後、ナポレオンの後押しを受けて王国へと昇格し、マクシミリアン1世として即位しました。
バイエルンは1808年に憲法を制定し、1810年にはフランスとのパリ条約により領土を拡大。さらに、1813年には対仏大同盟に加わり、リート条約でオーストリアと和解しました。1815年にはドイツ連邦に加盟し、翌年のミュンヘン条約で領土が確定しました。
1832年には、国王ルートヴィヒ1世の次男オットーがギリシャ王に即位。国内では摂政が中央集権化を進めました。その後、1866年の普墺戦争では敗北を喫しましたが、南ドイツの主要な勢力として影響力を維持しました。1885年には、王族のルートヴィヒ・フェルディナントとその妻がバイエルンに定住し、国は安定した時代を迎えます。
しかし、第一次世界大戦の敗北とドイツ革命の影響により、1918年に国王ルートヴィヒ3世が退位。これにより、バイエルン王国は歴史の幕を閉じることとなりました。
■マクシミリアン2世について
マクシミリアン2世(1811年11月28日 - 1864年3月10日)は、バイエルン王国の第3代国王(在位:1848年 ~1864年)です。父はルートヴィヒ1世、母はザクセン王女テレーゼで、自由主義的な思想を持ち、教育や文化の発展に力を注いだ君主として知られています。
1848年の三月革命によって父が退位し、マクシミリアン2世が王位を継ぎました。彼は保守派と自由主義派の間でバランスを取りながら、立憲君主制の強化に努めました。特に教育改革に力を入れ、ミュンヘン大学の発展を支援するとともに、多くの優れた学者を招聘しました。また、科学や芸術の振興にも熱心で、バイエルン科学アカデミーの活動を積極的に推進しました。
外交面では、当時対立していたプロイセンとオーストリアの間で中立を維持しようとしましたが、バイエルンの独立を守るのは容易ではありませんでした。晩年には政治姿勢が保守的になり、国内での対立が深まる場面もありました。1864年に病に倒れ、息子のルートヴィヒ2世が王位を継ぎました。
マクシミリアン2世の時代は、バイエルンの文化が大きく発展した時期として評価されています。
■シュパイアー大聖堂について
シュパイアー大聖堂(Speyer Cathedral)は、ドイツのシュパイアーに位置するロマネスク様式の大聖堂で、正式名称を「聖マリア・聖ステファノ大聖堂」といいます。1030年に神聖ローマ皇帝コンラート2世の命により建設が開始され、11世紀末に完成しました。その後、12世紀には皇帝ハインリヒ4世によって拡張され、現在の壮大な姿となりました。
この大聖堂は、ロマネスク建築の傑作とされ、特にその堅牢な石造りの構造や半円アーチ、荘厳な天井が特徴です。内部は三廊式のバシリカ形式で、高いヴォールト天井と美しいフレスコ画が訪れる人々を魅了します。また、皇帝や王族の墓所としても知られ、コンラート2世をはじめとする8人の神聖ローマ皇帝とドイツ王が埋葬されています。
1981年にはユネスコの世界遺産に登録され、歴史的・文化的価値が世界的に認められました。現在もカトリックの聖堂として使用され、多くの観光客や巡礼者が訪れます。シュパイアー大聖堂は、中世ヨーロッパの宗教と政治の中心の一つとして重要な役割を果たし、その壮麗な建築は今もなお人々を魅了し続けています。





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