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【MS65】1704年 神聖ローマ帝国 ドイツ ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公国 アントン・ウルリヒ ターラー銀貨

SOLD OUT

永遠の愛を銀に託した、最高峰の追悼ターラー!
鑑定枚数わずか3枚!
歴史的価値と芸術的な美しさが融合した珠玉のコレクションです。

 

世界市場で抜群の人気を誇る神聖ローマ帝国コインから
市場では見かけることのできない極めて希少性の高い記念銀貨のご紹介になります。

 

■デザイン


表面:アントン・ウルリヒ公の妃エリザベート・ユリアーネの胸像
銘文:DIVA ELISAB. IVLIA. D.G. DVC. BRVN. ET LVN NATA 1634 – DENATA 1704(訳:エリザベート・ユリアーネ、神の恩寵によるブラウンシュヴァイク及びリューネブルク公妃 1634年生 – 1704年没)

 

裏面:ザルツダールム城の雲上に浮かぶ公妃エリザベート・ユリアーネを象徴した女性像
銘文:DESERVISSE IVVAT(訳:奉仕できたことは喜びなり)
 

■状態


MS65

 

■コイン詳細


【発行年】1704年
【鋳造地】ブラウンシュヴァイク
【NGC鑑定枚数】3枚
【素材】銀
【重量】約29g
【直径】47mm
【表面】アントン・ウルリヒ公の妃エリザベート・ユリアーネの胸像
【裏面】ザルツダールム城の雲上に浮かぶ公妃エリザベート・ユリアーネを象徴した女性像
【NGC鑑定】MS65
 

■ポイント


*希少性
“NGC鑑定枚数3枚”
本品は、世界的鑑定機関NGCにおいてわずか3枚しか登録されていない、極めて稀少なターラー銀貨です。この数字は単なる統計ではなく、300年以上の時を経て現存している個体がごく僅かであるという事実を明確に示しています。歴史の中で、多くの銀貨が溶解され、散逸し、人々の記憶からも消えていきました。その中で本品が現代にまで伝わったことは、まさに奇跡に等しい存在といえるでしょう。

 

さらに注目すべきは、このコインが誕生した背景です。1704年、ブランズウィック=ヴォルフェンビュッテル公国の公爵アントン・ウルリヒが、亡き妃エリザベート=ユリアーネを追悼する目的で特別に鋳造させた記念貨であることが知られています。その発行目的の性質上、広く流通させる類のものではなく、当時から発行枚数自体が極めて限られていたと考えられます。この歴史的背景は、現存数の少なさと直結しており、今日における希少性を裏付ける重要な要素です。

 

加えて、本品の保存状態も特筆すべき点です。300年以上の歳月を超えてなお、完全未使用品(Mint State)として評価されており、NGCにおいては最上位のグレードを獲得。希少性と状態、その両方において、比類なき価値を備えた一枚といえるでしょう。

 

*状態
”NGC最高鑑定”
MS65:1枚(本品)
MS61:1枚
XF40:1枚

 

このターラー銀貨は、NGCで最高評価のMS(完全未使用品)評価を受けています。同時代のターラー銀貨で状態の良いものが少ない中、完全未使用品という評価は大変貴重であり、この時代のターラー銀貨としては極めて稀少です。

 

銀製のコインやメダルは経年による摩耗が避けられませんが、本品はその影響を最小限に抑え、当時の姿をほぼそのまま残しています。未使用品の状態を保っていることは極めて稀で、打刻の鮮明さ、細部の美しさ、そして時を超えて放たれる輝きは、まさに歴史的価値を持つ芸術品といえます。

 

*市場性
1704年に発行された本ターラー銀貨は、神聖ローマ帝国に属する北ドイツの名門、ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公国が生んだ、歴史的・文化的価値に優れた記念貨幣です。本品は、公爵アントン・ウルリヒが最愛の妃エリザベート・ユリアーネの逝去を悼み、ザルツダールム城を背景に彼女を描いた荘厳な意匠で鋳造されました。流通を目的としたものではなく、ごく限られた目的のために製作された特別な一枚であり、発行枚数も極めて少なかったと推察されます。

 

発行年の1704年は、皇帝レオポルト1世治下の神聖ローマ帝国がスペイン継承戦争に巻き込まれていた動乱の時代であり、ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公国も帝国陣営の一員として軍事・財政支援を担っていました。同年には共同統治者であった兄ルドルフ・アウグストが死去し、アントン・ウルリヒが単独統治者として政権を再び掌握しました。このターラーは、彼にとって“新体制の始まり”と最愛の妃への追悼“”という二重の節目を記念した、きわめて個人的かつ象徴的な記念貨だったのです。

 

美術的観点から見ても、本コインの意匠は非常に高く評価されています。とりわけ裏面に描かれた、雲上に昇天する妃とザルツダールム城を組み合わせた構図は、敬虔な信仰と深い愛情を繊細に表現した、バロック芸術の粋とも言えるものです。

 

この「雲上の女性像」は、後年オーストリアで発行された記念コイン「雲上の女神」──皇帝フランツ・ヨーゼフの妃エリーザベトが天から皇帝に祝意を捧げる姿を描いた名高い意匠──を思わせる構成を持ちます。「雲上の女神」は、“天から見守る最愛の女性”という普遍的かつ象徴的なテーマによって、世界中のコレクターや投資家の心を捉え、今日に至るまで圧倒的な人気を誇っています。

 

本品もまた、雲上に昇る妃という詩的な主題を通じて、人間的な悲しみと信仰を芸術の域に昇華させた作品であり、その崇高なメッセージ性と美術的完成度の高さから、極めて高い芸術的評価を受けています。

 

こうした背景から、本ターラーは神聖ローマ帝国ターラーの中でも、希少性・歴史性・象徴性のすべてを兼ね備えた重要な位置づけにあります。
近年では、王侯貴族の“個人の物語”や象徴的な意匠が反映された記念コインへの評価が世界的に高まっており、本品のような背景の明確な希少貨幣は、収集家のみならず、歴史愛好家や投資家からも強い関心を集めています。芸術品として、また歴史資料としても、今後さらなる価値向上が期待される逸品です。

 

美しさと芸術性があふれたこのターラー銀貨は市場性と希少性を兼ね備えた今後の価格推移も大いに期待できる逸品です。
在庫があるタイミングで是非お手元のコレクションに加えていただきたい逸品になります。

▼コインのストーリー


■概要

 

永遠の愛を銀に託した、最高峰の追悼ターラー!

鑑定枚数わずか3枚!

歴史的価値と芸術的な美しさが融合した珠玉のコレクションです。


■神聖ローマ帝国とは

 

神聖ローマ帝国(Holy Roman Empire)は、中世から近世にかけて中欧を中心に存在した政治的な連合体で、現代のドイツ、オーストリア、ベルギー、オランダ、チェコ、スロバキア、スロベニア、ルクセンブルク、スイスなどの地域にまたがり、962年から1806年まで続きました。


神聖ローマ帝国の特徴の一つは、その分散した統治体制でした。帝国の皇帝は、選帝侯(Kurf??rsten)と呼ばれる有力な領主たちによる選挙で選ばれていましたが、これらの選帝侯自身も帝国内の領邦を支配していました。このため、中央集権的な統治は困難で、帝国内には多くの独立した領邦や都市国家が存在していました。


各領邦や都市国家は皇帝に対して相対的な自治権を持ち、独自の法律や通貨を使用することもありました。このような制度は、帝国内での多様な文化と地域ごとの発展を促しましたが、同時に統一性の欠如という課題も生み出しました。


宗教面においては、当初カトリック教会が支配的でしたが、宗教改革期にはマルティン・ルター(Martin Luther)をはじめとする改革者たちが登場し、プロテスタント信仰が広まりました。これにより帝国内で宗教的な対立が激化し、三十年戦争(Thirty Years' War)などの宗教戦争が勃発しました。


帝国の終焉は、フランス革命とナポレオン・ボナパルトの台頭によってもたらされました。1806年、フランス皇帝ナポレオンが神聖ローマ皇帝フランツ2世を退位させたことで、神聖ローマ帝国は正式に解体され、歴史の舞台から姿を消しました。


神聖ローマ帝国は、その複雑な政治構造、多様性、宗教的対立、そして豊かな文化的遺産により、ヨーロッパ史上の重要な時代を象徴する存在です。


■ブランズウィック=ヴォルフェンビュッテル公国とは

 

ブランズウィック=ヴォルフェンビュッテル公国は、神聖ローマ帝国に存在した領邦国家です。その歴史は、ヴェルフ家のブラウンシュヴァイク=リューネブルク公国が1269年に分割されたことに始まります。アルブレヒト1世がブラウンシュヴァイク、ヴォルフェンビュッテル、アインベック、グルーベンハーゲン、ゲッティンゲンを領有し、これがブランズウィック=ヴォルフェンビュッテル侯領となりました。


この公国は、中世から近世にかけて存続し、ヴェルフ家の様々な系統が統治しました。18世紀には、ハノーファー選帝侯ゲオルク・ルートヴィヒ(後のイギリス王ジョージ1世)が領土を拡大し、公国の重要性を高めました。

しかし、1806年の神聖ローマ帝国崩壊後、公国は混乱期を迎えます。ウィーン会議の結果、1814年に後継国家としてブラウンシュヴァイク公国が成立しました。


ブランズウィック=ヴォルフェンビュッテル公国は、その長い歴史の中で、多くの文化的な発展を遂げました。特に、ヴォルフェンビュッテル宮廷図書館は、ヨーロッパ有数の蔵書数を誇り、多くの学者や芸術家を惹きつけました。また、公国の君主たちは、芸術や科学を奨励し、多くの文化遺産を残しています。


■アントン・ウルリヒ公爵とは

 

アントン・ウルリヒは、1633年10月4日に生まれたブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公国の君主であり、1685年から1714年にかけてその公国を統治しました。彼は単なる政治家にとどまらず、その幅広い知的好奇心と文化への深い造詣で知られる、バロック時代の典型的な啓蒙君主でした。


彼の治世は、ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公国が文化的に最盛期を迎えた時代と評されています。アントン・ウルリヒは、熱心な芸術収集家であり、特に絵画コレクションの形成に力を注ぎました。彼が収集した膨大な作品群は、現在「ヘルツォーク・アントン・ウルリヒ美術館」として知られる、ヨーロッパで最も古い美術館の一つであるブラウンシュヴァイクの美術館の礎となっています。フェルメール、ホルバイン、レンブラントといった巨匠たちの作品を擁するそのコレクションは、彼の卓越した鑑識眼を示すものです。


また、彼は文学や演劇にも深く関心を寄せ、自身も小説家、詩人、劇作家として多くの作品を執筆しました。彼の小説はドイツ歴史文学の基礎を築いたとされ、若きゲーテにも多大な影響を与えたと言われています。1690年にはブラウンシュヴァイクに当時最大級のオペラハウスを設立し、オペラ上演を奨励するなど、文化振興に尽力しました。


政治面では、1704年に兄ルドルフ・アウグストが亡くなった後、公国の単独統治者となり、コレクションの拡充をさらに強力に進めました。彼が統治した時代は、神聖ローマ帝国内の小規模な領邦ながら、芸術と文化の中心地としてその名を高めました。


私生活においては、妻であるエリーザベト・ユリアーネ公爵夫人との関係が深く、彼女の死を悼んで追悼のターラー銀貨を発行するなど、その愛情の深さがうかがえます。彼の多才な才能と文化への貢献は、ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公国の歴史に、燦然たる光を放っています。

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