
【SP63】1807年 フランス ナポレオン1世 試鋳貨 100フラン銀貨
秘蔵の逸品!
R3(極めて希少)にして、最高評価!
市場にはほとんど存在せず、流通もない貴重な試鋳貨(試作貨幣)です。
世界中のコレクターを魅了してやまない、ナポレオンコインから、
他では間違いなく入手困難な希少価値の高いコインのご紹介になります。
■デザイン
表面:ナポレオン・ボナパルトの肖像
銘文:NAPOLEON EMPEREUR(訳:ナポレオン皇帝)、肖像の肩部分には刻印師である「VASSALLO(ヴァッサロ)」
裏面:フランス第一帝政の象徴である鷲(イーグル)
銘文:EMPIRE FRAN??AIS 1807(訳:フランス帝国)
コインの表面には、古代ローマ皇帝像を想起させるナポレオン・ボナパルトの胸像が右向きに刻まれ、威厳ある横顔が描かれています。肩には刻印師のヴァッサロのサインが記され、周囲には「NAPOLEON EMPEREUR(ナポレオン皇帝)」の銘文が堂々と配されています。通常フランス貨幣には額面が表示されていますが、このコインは試作貨幣ゆえ額面の表示はなく、皇帝の威光と帝国の権威が凝縮された構成となっています。
■状態
SP63
■コイン詳細
【発行年】1807年
【鋳造地】ジェノヴァ造幣局
【PCGS鑑定枚数】2枚
【素材】銀
【重量】16.72g
【直径】33mm
【表面】ナポレオン・ボナパルトの肖像
【裏面】フランス第一帝政の象徴である鷲(イーグル)
【刻印師】VASSALLO(ヴァッサロ)
【PCGS鑑定】SP63
■ポイント
*希少性
”PCGS鑑定枚数2枚”
通常発行されるコインとは異なり、試鋳貨(試作貨幣:Essai)ですので極めて希少なR3(極めて希少)評価!
市場に出回ることはほとんどなく、鑑定枚数からもその圧倒的な希少性が際立ちます。
【試鋳貨幣(試作貨幣)】
新しい貨幣を製造する前に、その貨幣のデザイン、サイズ、重さ、材質などを試すために鋳造される試作品のことを指します。試鋳貨幣は、通常、実際に流通させるわけではなく、テストや評価のために使用されます。そのため通常は数枚~数十枚程度しか鋳造されず、市場に出回ることは極めて稀になります。
*状態
”PCGS最高鑑定”
SP63:1枚(本品)
SP62:1枚
SP(PF:プルーフ)は鏡面仕上げで、表面が鏡のように光沢があります。
試鋳貨ゆえに丁寧に保管されてきたため、約200年前の発行にもかかわらず驚くほど良好な状態を保っています。エッジや細部のレリーフも、鋳造当時の光沢と彫刻のシャープさが今なおしっかりと確認できます。保存状態の高さは、鑑定機関によるSP63という高評価からも裏付けられており、試鋳貨としては極めて稀有なコンディションを保持しています。
*市場性
この1807年「ナポレオン1世 試作100フラン銀貨」は、単なる銀貨の枠を超え、帝政フランスの理念と威光を象徴する“記念碑”とも言える存在です。
発行年の1807年は、ナポレオンがアウステルリッツの勝利を経て帝位を盤石にし、ヨーロッパ大陸の覇者として君臨していた絶頂期にあたります。この年、ティルジット条約の締結によりフランスはプロイセンおよびロシアとの戦争に終止符を打ち、政治的・軍事的にその支配力を確立しました。国内ではイギリスへの経済制裁「大陸封鎖令」が強化され、国家産業の育成が図られる一方で、スペイン半島戦争という新たな火種も燻っていた時代背景を有します。
このような激動の時代、ナポレオンの命により再開されたジェノヴァ造幣局で、主席彫刻師ジェローラモ・ヴァッサロが「フランス本国と同等の通貨を地方にも流通させる」構想のもと制作したのがこの100フラン銀貨です。デザインはフランス語による統一表記で製作されており、その背景からも、これは単なる試作品を超えた“国家構想の結晶”とも言える存在です。
そして、本貨の価値をさらに高めているのが、試鋳貨という驚異的な希少性です。PCGS社において鑑定された同型コインはわずか2枚のみであり、本貨はその中でも唯一の最高評価を受けた1枚です。栗色を帯びたチェスナット・パティーナ(自然酸化による色調)に包まれたその姿は、まさに歴史を刻む芸術品と呼ぶにふさわしい佇まいです。
このような試鋳貨は、世界のコレクター市場において常に高い注目を集めており、オークションでは希少性と歴史的背景、そして芸術性の高さから、非常に高額で取引される傾向があります。
“試作貨幣”でありながら“最高鑑定品”という、極めて限られたステータスを兼ね備える本品は、コレクションの枠を超え、帝政フランスの歴史遺産としての価値をも併せ持つ極上の一枚です。将来的な市場価値の上昇も十分に期待できる、資産性の高いコレクションピースといえるでしょう。
ナポレオンコインが世界中で高い人気を誇る中、その試作品という特異な地位にある本品はまさに別格の存在。コレクションとしての満足感はもちろん、資産保全や投資対象としても極めて優れた一枚です。
歴史と芸術が凝縮されたこの逸品を、ぜひご自身のコレクションにお迎えください。
▼コインのストーリー
■概要
秘蔵の逸品!
R3(極めて希少)にして、最高評価!
市場にはほとんど存在せず、流通もない貴重な試鋳貨(試作貨幣)です。
■ナポレオン1世とは
ナポレオン1世(1769年-1821年)は、フランス革命後の混乱を収拾し、その後のヨーロッパの歴史に大きな影響を与えた偉大な指導者。彼は軍事的才能と政治的洞察力を兼ね備え、フランスの混乱を収拾し、国家の安定と栄光を追求しました。
ナポレオンは革命戦争の英雄としての名声を得、1799年にブリュメールのクーデターでフランスの実権を掌握し、初代統領となりました。翌1804年にはフランス皇帝として戴冠し、ナポレオン1世と名乗っています。彼の統治はナポレオン法典の制定などで知られ、近代法の基盤を築きました。
ナポレオンは軍事的な天才としても評価されており、数々の戦役で勝利を収め、フランス帝国の領土を拡大しました。彼のもとでの軍事改革は戦術や戦略の革新をもたらし、彼の指導のもとで多くの戦闘で成功を収めました。
しかし、ナポレオンの野心はその勢いを保つことが難しく、彼の拡張主義政策はヨーロッパの他の国々との対立を引き起こしました。
結果として、ナポレオン戦争が勃発し、彼の帝国は次第に縮小していきました。1814年にはエルバ島に追放され、後に脱出してワーテルローの戦いで敗北し、再度の流刑が待っていました。
ナポレオンはセントヘレナ島で最期を迎えましたが、彼の政治的・法律的遺産は多くの国で受け継がれ、彼の戦術や戦略は軍事教育の基盤となりました。
■ナポレオン1世の晩年
ナポレオン1世の「百日天下」は、1815年3月1日、エルバ島を脱出してフランスに上陸したことから始まります。彼は兵を率いて進軍し、途中で政府軍の部隊と対峙しましたが、「お前たちはこの胸を撃てるか?」と呼びかけると、兵士たちはナポレオンに忠誠を誓い、彼の元に加わりました。その結果、ルイ18世は王位を捨てて亡命し、3月20日、ナポレオンはパリに凱旋し、再び皇帝に即位しました。
しかし、ヨーロッパ諸国は彼の復活を許さず、第七次対仏同盟を結成します。特にイギリス、プロイセン、オーストリア、ロシアが中心となり、ナポレオン討伐の準備を進めました。これに対し、ナポレオンは先制攻撃を仕掛け、6月16日のリニーの戦いでプロイセン軍を破ります。しかし、6月18日のワーテルローの戦いでは、ウェリントン率いるイギリス軍とブリュッヒャー率いるプロイセン軍の挟撃を受け、壊滅的な敗北を喫しました。
この敗北により、ナポレオンは6月22日に再び退位し、フランス政府に身を委ねました。彼は最初、アメリカ亡命を考えましたが、イギリス軍により阻止され、7月15日に降伏。イギリス政府によって南大西洋の絶海の孤島・セントヘレナへ流刑とされました。
セントヘレナ島での生活は過酷なものでした。監視の目が厳しく、自由な行動は制限され、健康状態も悪化していきました。それでも彼は回顧録の執筆に励み、自らの業績を歴史に残そうとしました。
1821年5月5日、ナポレオンはセントヘレナ島で死去しました。死因は胃がんとされていますが、毒殺説も存在します。彼の死後、その影響はなおも続き、フランスでは英雄として語り継がれました。1840年、ルイ・フィリップ王の命により遺骸はフランスに戻され、パリのアンヴァリッドに埋葬されました。





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