
【MS61】1865年A フランス 第二帝政 ナポレオン3世 有冠 100フラン金貨
栄光のフランス帝国、ナポレオン3世の輝きを今に伝える人気金貨!
フランス第二帝政という華やかな時代を象徴する歴史遺産です。
世界市場で絶大な人気を誇るナポレオンコインから、
コインコレクターはもちろん、歴史愛好家からも熱い視線を集める大人気コインのご紹介になります。
■デザイン
表面:ナポレオン3世の肖像
銘文:NAPOLEON III EMPEREUR BARRE
裏面:ナポレオン皇帝の紋章
銘文:EMPIRE FRAN??AIS 100 FRs A 1865
※A:パリミントを意味しています
縁:DIEU PROTEGE LA FRANCE(訳:我がフランスは神に見守らています)
刻印師:パリ造幣局第18代総監師アルベール・デジレ・バレ(D??sir??-Albert Barre)
フランス貨幣史に名を刻む天才彫刻家。イギリスの名匠ウィリアム・ワイオンと並ぶ偉大な存在として、繊細かつ気品あふれるデザインを生み出しました。その作品は、時代を超えて今なおコレクターや歴史愛好家を魅了し続けています。
フランスコインの中には「BARRE」の名が多く彫刻されていますが、中でも一番有名なコインがナポレオン3世をモチーフにしたコインで、世界中で絶大な人気を誇ります。
■状態
MS61
■コイン詳細
【発行年】1865年
【鋳造地】パリ
【額面】 100フラン
【発行枚数】1,517枚
【素材】金
【直径】35mm
【重量】32.25806 g
【表面】ナポレオン3世の肖像
【裏面】フランス帝国の紋章
【刻印師】D??sir??-Albert Barre
【PCGS鑑定】MS61
■ポイント
*希少性
“発行枚数1,517枚”
”NGC鑑定枚数204枚”
発行枚数はわずか1,517枚という極めて限られた数量であり、さらに実際に流通通貨として使用されていたことから、今日まで良好な保存状態を保持している金貨はごくわずかです。PCGSによる公式鑑定数もわずか204枚にとどまり、その中でもMS(Mint State)以上のグレードを獲得したものは非常に稀少とされています。
近年、アンティークコイン収集の人気が高まるにつれ、ナポレオン3世の肖像が刻まれた金貨の注目度も上昇。その希少性が再認識され、市場価格も着実に高騰しつつあります。
*状態
”PCGS第4位鑑定”
流通貨幣としての歴史を持ちながら、これほどの保存状態を維持しているものは非常に稀少です。
さらにMS(完全未使用品)評価を獲得し、打刻の鮮明さや細部に至るまで繊細さも申し分ありません。
芸術品と呼ぶにふさわしい、素晴らしい状態を保っています。
*市場性
フランスのコインは、その卓越した芸術性と豊かな歴史的背景から、世界中のコレクターに高く評価されています。なかでも、ナポレオンの肖像を冠した貨幣は、彼の偉大な功績と圧倒的なカリスマ性を象徴する存在として、常に高い人気を誇ってきました。
本品は、フランスの近代化を象徴するナポレオン三世の治世に発行された金貨です。ナポレオン三世は、経済発展、都市基盤の再構築、文化振興に尽力し、19世紀のフランスを国際的な大国へと押し上げた指導者として知られています。彼の主導により開催された1855年のパリ万博は、産業革命後の最先端技術と芸術が一堂に会する画期的な国際博覧会となり、フランスの地位を国際社会において不動のものとしました。また、「オスマン改革」と呼ばれる都市再編計画を推進し、広場と並木道が美しく調和する、現在のパリの街並みの礎を築いたことでも知られています。
本金貨には、そのナポレオン三世の威厳ある横顔が精緻に刻まれており、彼が築いた“黄金時代”の栄光を現代に伝える象徴的な存在といえるでしょう。その肖像を手がけたのは、フランス貨幣芸術の巨匠バレ(BARRE)。繊細かつ気品あふれる彫刻は、イギリスの名匠ウィリアム・ワイオンと並び称され、時代を超えて多くのコレクターを魅了し続けています。
実際、「BARRE」の名を冠したフランスのコインは多数存在するものの、本品のようにナポレオン三世を描いた金貨は、彼の代表作のひとつとして国際的にも高く評価されています。精緻な意匠と洗練された造形美は、フランス貨幣の芸術性の高さを物語ると同時に、歴史的・美術的な観点から見ても、比類なき価値を宿す逸品といえるでしょう。
近年公開された映画『ナポレオン』からもわかるように、近年、ナポレオンに対する世界的な関心が高まっています。
過去には、映画『英国王のスピーチ』の公開を契機にジョージ6世のコインが急騰した例もあり、同様にナポレオン関連のコインも、今後さらなる価値の上昇が期待されています。
名高い金貨が市場から姿を消しつつある中、
着実に、堅実に、
伸びていく人気金貨です。
アンティークコインコレクターであれば一枚は所有したい世界でも日本でも絶大な人気を誇るナポレオン金貨!
在庫があるタイミングで是非お手元のコレクションに加えていただきたい逸品になります。
▼コインのストーリー
■概要
栄光のフランス帝国、ナポレオン3世の輝きを今に伝える人気金貨!
フランス第二帝政という華やかな時代を象徴する歴史遺産です。
■フランスの歴史
本品の鋳造時におけるフランスは、1852年にナポレオン3世がクーデターを起こし、フランス第二帝政の皇帝として即位した時期です。ナポレオン3世の治世では、経済発展と都市改造を進める一方で、軍事力を背景に領土の拡張や植民地政策を進め、また、教育、交通、医療、文化に関しても改革を行い、現代化を進めていました。
第二帝政下では、フランス経済は急速に成長し、鉄道、港湾、道路、運河の建設が進み、都市計画による改革も進められました。また、フランスはアフリカや東南アジアなどで植民地を拡大し、帝国主義的な政策も推進しています。
一方で、第二帝政は政治的な不安定も伴いました。統治は強い皇帝の中央集権的な手法によって行われていたため、野党は弾圧され、自由主義者や社会主義者による反対運動も起きました。普仏戦争に敗北し、皇帝が捕虜となると、第二帝政は終焉を迎えることとなります。
第二帝政は、フランスにおいて近代化と帝国主義を推進した政権であり、経済的な発展をもたらしました。しかし、政治的な不安定さも同時に伴い、野党や労働者階級の反発を招き、最終的には敗北と崩壊を迎えることになりました。
■第二帝政とは
フランス第二帝政(1852年~1870年)は、ルイ・ナポレオン・ボナパルトが「ナポレオン3世」として即位し、独裁的な帝政を築いた時代です。この体制は、1848年の二月革命での混乱を収束させ、安定を求める国民の支持を得て成立しました。ルイ・ナポレオンはまずフランス共和国の大統領に選出されましたが、任期満了に際して憲法改正が否定されたため、1851年にクーデターを起こし、翌1852年に皇帝としての地位を確立しました。
第二帝政の初期には、ナポレオン3世の独裁的な統治が強調され、報道や政治的な活動が制限されましたが、彼は経済の近代化や都市整備に力を入れました。特にパリの大規模な改造が有名で、都市計画者ジョルジュ・オスマンによるパリの再開発は、街の衛生状態を改善し、現代的な都市景観を生み出しました。また、鉄道の整備や産業の育成も推進され、フランスは工業化の波に乗ることができました。
一方で、対外的にはクリミア戦争やイタリア統一戦争などに積極的に関与しましたが、最終的に普仏戦争での敗北が決定打となり、ナポレオン3世は捕虜となり、帝政は崩壊しました。この敗北を契機にフランスでは第三共和制が成立し、第二帝政はその役割を終えました。
■ナポレオン3世とは
ナポレオン3世(Napol??on III, 1808年4月20日 - 1873年1月9日)は、フランス第二共和政の大統領(在任:1848年 - 1852年)、のちフランス第二帝政の皇帝(在位:1852年 - 1870年)。
ルイ=ナポレオン・ボナパルトは、フランス皇帝ナポレオン1世の甥であり、彼の名前と家族の名誉を受け継ぎました。彼は1808年にパリで生まれ、幼少期にフランスを離れ、亡命生活を送りました。彼は1836年にフランスに帰国し、政治的な野心を抱くようになりました。
1848年の2月革命(フランス革命1848年)において、ルイ=ナポレオンはフランス第二共和国の大統領に選ばれました。その後、彼は立憲派との連携を築き、大衆の支持を受けて、1851年にクーデターを起こし、共和国政府を打倒して第二帝政を宣言しました。彼は「ナポレオン3世」として戴冠し、フランス帝国の皇帝となりました。
ナポレオン3世はフランス帝国の統治下で多くの改革と近代化を推進し、都市の再建、鉄道網の拡充、経済発展などを成し遂げました。また、彼の政策はフランスの植民地帝国の拡大にも繋がり、ヨーロッパ全体で中心的な人物となりました。
しかし、普仏戦争(フランス普仏戦争)による敗北で捕虜となり、帝国が崩壊すると、ナポレオン3世は1870年に退位し、亡命生活に入りました。彼はイギリスで亡くなりましたが、フランスの歴史においては近代化を進めた改革者として称賛される一方で、権威主義的な統治と冒険主義的な外交政策を押し進めた君主として世界的でも有名な君主の一人になっています。





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