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【Ch MS 4/5 5/5】695年~698年 ビザンツ帝国(東ローマ帝国)レオンティオス帝 ソリダス金貨

SOLD OUT

世界市場で抜群の人気を誇るビザンツコイン!
帝位わずか3年!
政変の渦中で発行された貴重な歴史遺産です。

 

芸術的なデザインで人気を集めるビザンツコインから
最高クラスの状態を保持した貴重な金貨のご紹介となります。

 

■デザイン


表面:レオンティオス帝の肖像
銘文:D LEOΝ PΕ AV(訳:永遠なるアウグストゥス、レオンティオス陛下)

 

裏面:三段の台座の上に立つクロス(十字架)
銘文:VICTORA AVGY(訳:皇帝の勝利)、下部に「CONOB」
※帝国内には造幣所がいくつか存在しますが、金貨が発行されるのは都コンスタンティノープルのみであり、裏面には「CONOB(コンスタンティノープル製の純金)」と書かれています。
 

■状態


Ch MS Strike: 4/5 Surface: 5/5

 

■コイン詳細


【発行年】695年~698年
【発行国】ビザンツ帝国(東ローマ帝国)
【額面】 ソリダス
【素材】金
【重量】4.49g
【直径】約19mm
【表面】レオンティオス帝の肖像
【裏面】三段の台座の上に立つクロス(十字架)
【NGC鑑定】Ch MS Strike: 4/5 Surface: 5/5
 

■ポイント


*希少性
わずか3年間という短期間の治世に発行されたこの硬貨は、その発行後の運命がその希少性を一層高めています。僅か3年で帝位を追われたレオンティオス帝の硬貨は、その後復位したユスティニアノス2世により徹底的に回収し、溶解して自身の肖像貨へと置き換えられました。
このためレオンティオス帝の金貨の現存数は少なく、後世に残ったものはまさに奇跡的な稀少性を誇ります。市場に出回る機会が非常に少ないコインとしても知られ、年々評価が上昇しています。

 

*状態
“第3位鑑定”
Gem MS:6枚
CH MS★:1枚
CH MS:31枚(本品)

 

・Strike(打刻)4と高評価!
・Surface(表面)は満点!最高評価!
・グレード:CH MS(完全未使用品)
※「Ch」はChoiceの略号で、 MS(完全未使用品)グレードの中でも特に状態の良いものに対して付与されます。
さらにその他古代コインにありがちなマイナスとなるポイントも一切ありません!

 

1300年以上前の金貨が、製造当時の輝きと細部をこれほどまでに保っていることは驚嘆に値します。フィールド部分はオリジナルな輝きを今に伝え、一切のネガティブコメントが付されていない点も特筆すべきです。この類稀なる保存状態は、本コインの価値を一層高める要因となっています。

 

*市場性
7世紀末のビザンツ帝国は、内外からの圧力によって存亡の危機に瀕していました。かつては地中海世界を制覇した東ローマ帝国も、イスラム勢力の急速な台頭により領土を大幅に失い、レオンティオス帝の治世にはアナトリア半島とバルカンの一部を残すのみという退潮期にありました。外敵だけでなく、国内では重税と強権政治に対する不満が鬱積し、ついに695年、反乱によって即位したのがレオンティオスです。

 

小アジア南部イサウリア出身の軍人であった彼は、ユスティニアノス2世の苛政に反旗を翻し、民衆や競馬党(青党)の支持を得て皇帝に即位しました。政権奪取後、レオンティオスは外交的な緊張を和らげるため、前政権が発行したキリスト肖像入り金貨を廃止し、伝統的な十字架意匠の金貨へと回帰させます。宗教的な配慮と外交上の計算が交差したその施策は、当時の宗教政策と貨幣政策がいかに密接であったかを物語ります。

 

しかし、治世はわずか3年と短く、ビザンツ帝国最後のアフリカ拠点であるカルタゴの喪失により、帝国の地中海支配は終焉を迎えます。この敗北は帝国内に深刻な動揺を与え、遠征から帰還した艦隊の兵士たちによる新たな反乱を招きました。その結果、レオンティオスは再び帝位を追われ、修道院に幽閉されるという屈辱の末路を辿ります。さらに、705年には復位したユスティニアノス2世によって公開処刑され、波乱に満ちた生涯を閉じました。

 

このような激動の時代背景を映し出すのが、このソリダス金貨です。本貨は、短命の皇帝が残した数少ない貨幣として極めて希少であり、彼の治世そのものが貨幣に刻まれた“物語”として、今日のコレクターに語りかけてきます。

 

中期ビザンツ貨幣は、ローマ的写実性から中世的象徴性へと移行する過程にある美術史的にも重要なジャンルです。その中でも本貨は、宗教的モチーフと皇帝像のバランス、造幣技術、保存状態、そしてなによりも稀少性と劇的な歴史背景により、極めて高いコレクター評価を得ています。短命の皇帝であるがゆえに現存数が限られ、各皇帝の金貨を網羅したいと望む古代コイン収集家にとって、本品はまさに「物語を宿す希少な断片」として、特別な価値を放っています。

 

ビザンツコインは、その優美な造形と深い歴史的背景により、世界中のコレクターから高く評価されており、中でもソリダス金貨は、芸術性・信頼性・希少性の三拍子が揃ったコインとして不動の人気を誇ります。近年は収集価値にとどまらず、投資対象としての注目も高まり、価格は年々上昇傾向にあります。

 

抜群の将来性を誇るビザンツ金貨!
将来性と歴史的価値を兼ね備えた逸品を、ぜひコレクションに加えてみてください。

 

▼コインのストーリー
 

■概要

 

世界市場で抜群の人気を誇るビザンツコイン!

帝位わずか3年!

政変の渦中で発行された貴重な歴史遺産です。

 

■ビザンツ帝国とは

 

ビザンツ帝国は、ローマ帝国の東側の継承国であり、330年にコンスタンティノポリス(現在のイスタンブール)を首都として成立しました。この帝国は約1100年にわたり存続し、ローマの伝統を受け継ぎながらも独自の文化や宗教、政治体制を築きました。


ビザンツ帝国の最大の特徴は、キリスト教を国教とし、東方正教会の発展に寄与したことです。皇帝は神聖な権威を持ち、政治的指導者であると同時に教会の保護者としても尊敬されました。このような体制は、帝国の安定と繁栄に寄与しました。

外部からの侵略に常にさらされていたビザンツ帝国は、戦争や外交を通じて領土を拡大し、保持することに成功しました。その領土は、現代のトルコ、ギリシャ、エジプト、イタリア、シリア、イスラエルなどに広がっていました。


また、ビザンツは芸術や文化、教育の中心地でもありました。特にビザンツ建築は、美しいドームやモザイク装飾で知られ、文学や哲学も盛んに発展しました。ビザンツの学者たちは古代の知識を保存し、後のヨーロッパ文化に大きな影響を与えました。


しかし、ビザンツ帝国は次第に弱体化し、1453年にオスマン帝国によって征服されました。それでも、ビザンツの文化や遺産は、東方正教会や西洋文化の発展に影響を与え続けました。ビザンツ帝国は、その長い歴史と多様な遺産により、世界史上で重要な地位を占める存在となりました。


*ビザンツ帝国の始まり

ビザンツ帝国の成立時期については、330年のコンスタンティノープル建設、395年のローマ帝国の東西分裂による東ローマ帝国の独立、さらに西ローマ帝国の滅亡により476年に東ローマが唯一の「ローマ帝国」となったなど、いくつかの出来事が挙げられますが、確定的な見解は存在しません。


いずれにしても、ビザンツ帝国はローマ帝国の後継者であり、首都コンスタンティノープルは「第二のローマ」と称されました。しかし、その地域特有の要素から徐々にギリシア的な性格が強調され、西方教会(ローマ教会)との対立が鮮明になり、7世紀頃から「ビザンツ帝国」と呼ばれるようになりました。


■レオンティオス帝とは

 

西暦695年から698年、短期間ながらもビザンツ帝国(東ローマ帝国)の玉座に就いたレオンティオス帝。彼の治世は、まさに当時の帝国の混乱と激動を映し出す鏡でした。イサウリア地方出身の彼は、もともと優れた軍人として知られ、先代のユスティニアノス2世のもと、東方でイスラム勢力との戦いを指揮しました。しかし、ユスティニアノス2世の独裁的な振る舞いに翻弄され、不当にも投獄される憂き目を見たのです。


転機は西暦695年、コンスタンティノープルで市民や貴族の不満が爆発し、大規模な反乱が勃発した時でした。この機に乗じて解放されたレオンティオスは、反乱軍の支持を背景にユスティニアノス2世を打倒し、ついに帝位を手にします。その即位を象徴する出来事が、ユスティニアノス2世の鼻を削ぎ落とすという衝撃的な行為でした。これは、後のビザンツ帝国の歴史において、皇帝の身体を傷つけるという異例の前例を作ることになります。


しかし、レオンティオス帝の治世は決して平穏ではありませんでした。帝国が直面する喫緊の課題は、北アフリカにおけるイスラム帝国の猛攻でした。彼はカルタゴ防衛のために軍を派遣しますが、圧倒的なイスラム軍の前に都市は陥落。この手痛い敗北は帝国に大きな動揺をもたらし、軍内部でレオンティオス帝への不満が募っていきます。


そして西暦698年、カルタゴ奪還のために派遣された艦隊の司令官、ティベリウス・アプシマロスが反乱を起こします。軍の支持を得たティベリウスは、あっという間に首都コンスタンティノープルを掌握。抵抗もむなしく、レオンティオス帝は廃位されてしまいます。再び鼻を削がれた彼は、修道院へと送られ、その波乱に満ちた生涯を閉じたのでした。


レオンティオス帝の治世は、軍人としての才能と、混乱期における政治的手腕の難しさが交錯するものでした。彼の短い治世は、続くビザンツ帝国の不安定な時代を予見させるものだったと言えるでしょう。

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