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【Ch AU 5/5 3/5】紀元前336年~323年 古代マケドニア王国 アレキサンダー3世 スターテル金貨

SOLD OUT

歴史と芸術を兼ね備えた古代ギリシアの至宝!

世界市場で絶大な人気を誇るアレキサンダー大王コイン!

 

抜群の人気を誇る古代ギリシアコインの中でも、

特に市場性と状態に優れた貴重な人気コインのご紹介です。

 

■デザイン

 

表面:コリント式兜を被った女神アテナ

 

裏面:右手に勝利の象徴である月桂冠、左腕にスタイラスを抱きかかえるニケ神(勝利の女神)

銘文:AΛEΞANΔPOY(訳:アレクサンダー大王の貨幣)

 

女神ニケ:ギリシア神話に登場する勝利の女神。ローマ神話ではヴィクトリア (Vict??ria) と同一視される。

英語ではナイキ(Nike)と発音され、スポーツ用品メーカー「ナイキ」の社名はこの女神に由来しています。

 

※アレキサンダー大王のコインは、大王が生存中に発行された「Lifetime Issue」と、死後に発行されたもの「Posthumous Issue」があります。本品は「lifetime-early posthumous 」と、生前から没後まもない時期に鋳造されたコインになります。

 

■状態

 

Ch AU Strike: 5/5 Surface: 3/5

 

■コイン詳細

 

【発行年】紀元前336年~323年

【発行国】古代ギリシア マケドニア王国

【額面】スターテル

【素材】金

【重量】8.59g

【直径】約18mm

【表面】コリント式兜を被った女神アテナ

【裏面】右手に勝利の象徴である月桂冠、左腕にスタイラスを抱きかかえるニケ神(勝利の女神)

【NGC鑑定】Ch AU Strike: 5/5 Surface: 3/5

 

■ポイント

 

*希少性

アレクサンダー大王のスターテル金貨は、その圧倒的な歴史的知名度と美しいデザインから「古代コインの王道」と称され、世界で最も知名度の高い古代コインの一つです。しかし、当時の戦費や宝飾への転用で多くが溶解され、現存するオリジナルはごく僅かなこと、そして歴史的な人気から、市場での需要は常に供給を上回っています。

 

本コインは、古代フェニキアの重要都市シドンで鋳造されたことを示すヘルメスの杖(カドゥケウス)のシンボルが裏面に刻まれています。このシドン鋳造銘は、大王が「庭師から王へ」という劇的な転身を遂げさせたアブダロニモス王の治世下(紀元前330年代)の記憶を秘めており、コレクター間でも特定の都市銘は高い人気を誇ります。

 

現存数が限られる中、本品のようにハイグレードな「Ch AU」評価を獲得したハイグレード品は争奪戦の対象となる傾向が強く、実物を市場で目にできる機会自体が非常に稀少となっています。

 

*状態

・Strike(打刻)は5と満点評価!

・Surface(表面)は、3とこちらも申し分ありません。

・グレード: CH AU(準未使用品)!

※「Ch」はChoiceの略号で、 AU(準未使用品)グレードの中でも特に状態の良いものに対して付与されます。

 

MSにこだわる方も多いですが、ここも古代ならではのポイントです!

 

古代コインでは「Ch AU」のグレードの位置付けは

AU<Ch AU<MS 

となります。

 

MSでも見た目のバランス(StrikeやSurface)が悪い場合は、

Ch AUでバランスの良いコインの方が高値で取引されております。

 

2300年もの時を経て、AU以上の状態で保存されていることは奇跡に近いといっても過言ではありません。

 

*市場性

歴史上最も有名で称賛された人物の一人であるアレクサンダー大王の治世下に鋳造された本コインは、単なる通貨の枠を超え、紀元前4世紀の世界帝国の栄華を映し出す”黄金の証言者”といえる存在です。

 

紀元前336年、わずか20歳でマケドニア王国の王位を継いだアレクサンダーは、ギリシアを統一し、アケメネス朝ペルシアを打ち破り、エジプトから中央アジア、インド西部に至るまで、古代世界で最大級の帝国を築き上げました。彼の征服は単なる軍事的偉業にとどまらず、征服地にギリシア文化を融合させることで「ヘレニズム時代」という新たな文明圏を誕生させることにも繋がりました。本品は、こうした遠征の最中にペルシア帝国から獲得した膨大な戦利財宝を原資として鋳造され、自軍への給与や国家財政を支えるために用いられた、極めて意義深い純金貨です。

 

表面に描かれた女神アテナ像は、知恵と戦略の神であり、常勝無敗の大王を知略面で守護する存在です。一部の研究者は、このアテナの顔立ちは大王自身の姿を投影し、理想化したものではないかとの説を唱えています。そして裏面に描かれているのは、まさに勝利そのものの女神ニケです。この図像の組み合わせは「戦いにおける正義と知恵」と「勝利と栄光」という二つの要素が、アレクサンダー大王の偉業を象徴的に表現しています。こうした図像の選定には、政治的・宗教的意図が明確に込められており、本コインは王の威光と神話的勝利を視覚化したメディアとも言えるでしょう。

 

また、現代においてもこのコインの市場価値は極めて高く、アレクサンダー大王の名を冠したコインは「古代コインの王道」として収集家の憧れとなっています。世界中のオークションでも引き合いが強く、特に本品のようにNGC鑑定で最高点の打刻(Strike 5/5)を含む(Ch AU)鑑定を得たハイグレード品は極めて稀少です。2300年以上前の金貨としてこの水準の保存状態を維持している例はごく限られており、その希少性とともに価格も上昇傾向にあります。

 

多くの文学作品、芸術作品、映画、テレビドラマにも登場し、その偉業が伝えられてきたアレクサンダー大王は、歴史研究家にとっては貴重な資料であり、コレクターにとっても一生涯のコレクションになることは間違いありません。

 

資産として、投資として、コレクションとして、

どれをとっても申し分のない 末長く所持していたい逸品です!

 

▼コインのストーリー

 

■概要

歴史と芸術を兼ね備えた古代ギリシアの至宝!

世界市場で絶大な人気を誇るアレキサンダー大王コインです。

■アレキサンダー3世(大王)とは

 

アレキサンダー3世、通称アレキサンダー大王は、紀元前356年にマケドニア王国の首都ペラで生まれました。父はマケドニアを強国へと押し上げたフィリッポス2世、母はエペイロス王国の王女オリュンピアスです。幼少期には、かの有名な哲学者アリストテレスから教育を受け、哲学、道徳、文学、科学など多岐にわたる知識を習得しました。特にホメロスの叙事詩『イーリアス』の英雄アキレウスに深く傾倒していたといわれています。

 

紀元前336年、父フィリッポス2世が暗殺されると、弱冠20歳でマケドニア王位を継承します。王位に就くと、すぐに国内の反乱を鎮圧し、さらにギリシアのポリスが反旗を翻した際には、テーベを徹底的に破壊することで、マケドニアの支配権を確立しました。こうしてギリシア全土を再統一した彼は、父の遺志を継ぎ、長年の宿敵であったアケメネス朝ペルシアへの遠征を計画します。

 

紀元前334年、アレキサンダーはマケドニアとギリシアの連合軍を率いて東方遠征を開始しました。グラニコス川の戦いを皮切りに、イッソスの戦い、ガウガメラの戦いと、ペルシア軍を次々と打ち破り、紀元前331年にはアケメネス朝ペルシアを滅ぼし、その広大な領土を征服しました。さらに、エジプトではファラオとして迎えられ、自らの名を冠した都市アレキサンドリアを建設するなど、その支配を強化しました。

 

彼の遠征はイラン高原を越え、中央アジア、そしてインド北西部にまで及び、地中海からインダス川に至る空前の大帝国を築き上げました。この遠征は単なる征服に留まらず、征服した各地にギリシア人を移住させ、ギリシア文化とオリエント文化が融合した「ヘレニズム文化」を花開かせる契機となりました。彼は、ペルシアの習慣を取り入れ、ペルシア人女性との結婚を奨励するなど、東西融合の政策を推し進めました。

 

しかし、長年にわたる遠征と激しい戦闘は兵士たちの疲弊を招き、紀元前326年にはインドのヒュダスペス川の戦いの後、兵士の反乱によってさらなる東方への進軍を断念せざるを得ませんでした。バビロンに戻ったアレキサンダーは、新たな遠征計画を立てる最中、紀元前323年、わずか32歳で急死しました。彼の死後、広大な帝国は将軍たち(ディアドコイ)によって分割され、複数のヘレニズム国家が誕生しましたが、彼が築いた帝国の影響は後世に計り知れない足跡を残しました。彼の軍事的才能、政治手腕、そして文化的な遺産は、現代に至るまで多くの人々を魅了し続けています。

 

■古代マケドニア王国について

 

古代マケドニア王国は、バルカン半島南部に位置した強力な国家でした。その起源は紀元前8世紀頃に遡ると考えられており、元来はギリシア世界の辺境に位置する小国に過ぎませんでした。しかし、豊かな自然環境と鉱物資源に恵まれ、次第に勢力を拡大していきます。特に、フィリッポス2世の時代(紀元前359年-紀元前336年)にその地位は飛躍的に向上しました。

 

彼は、巧みな外交政策と軍事改革によって、それまで分立していたギリシアのポリスを次々と支配下に置き、ヘラス同盟を組織することで、マケドニアをギリシア世界の盟主へと押し上げました。この軍事改革では、密集した歩兵部隊であるファランクスと長槍サリッサを組み合わせた戦術を確立し、その圧倒的な破壊力は他国を震撼させました。

 

フィリッポス2世の息子であるアレキサンダー大王の時代には、マケドニア王国の版図は史上最大の規模に達します。彼は父の遺志を継ぎ、長年の宿敵であったアケメネス朝ペルシアを滅ぼし、遠くインドにまで遠征を行いました。その広大な帝国は、ヨーロッパ、アジア、アフリカの三大陸にまたがり、東西文化の融合を促すヘレニズム文化の基礎を築きました。しかし、アレキサンダー大王の急死後、王国は将軍たちによるディアドコイ戦争を経て分裂し、複数のヘレニズム国家が成立しました。

 

マケドニア王国自体はアンティゴノス朝マケドニアとして存続しましたが、やがて紀元前168年のピュドナの戦いで共和政ローマに敗れ、最終的にローマの属州となり、その独立した歴史に幕を閉じました。マケドニアが古代世界に与えた影響は計り知れず、その軍事力、政治手腕、そして文化的な遺産は、後世の歴史に多大な足跡を残しました。

 

■スターテルとは

 

「スターテル」(Stater)とは、古代ギリシャおよびその周辺地域で流通した、特定の重さを持つ主要な貨幣単位を指します。語源は「重さ」を意味するギリシア語に由来し、主に金貨またはテトラドラクマ(4ドラクマ)に相当する銀貨として鋳造され、国家間の取引や高額な支払いに用いられた高額貨幣です。

 

スターテル貨幣は、リディア王国が最初に鋳造した金属貨幣であるエレクトロン硬貨(紀元前7世紀)から発展しました。最初のスターテル貨幣は、リディアやペルシャ帝国などの地域でも鋳造されましたが、その後、ギリシア本土や周辺地域で広く使用されるようになりました。

 

 

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