アンティークコインの通販ならRareCoinShop

アンティークコインの通販ならRareCoinShop

×

【MS63】1717年 イギリス ジョージ1世 ギニー金貨

SOLD OUT

英国金貨史を代表する最高鑑定のギニー金貨!

鑑定枚数わずか9枚!

現存数はごくわずかであり、歴史的にもコレクション的にも大変貴重な逸品です。

 

絶大な人気を誇るイギリスコインから、

他では間違いなく入手困難な希少価値の高い金貨のご紹介になります。

 

■デザイン

 

表面:ジョージ1世の月桂冠を戴いた肖像

銘文:GEORGIVS D G M BR FR ET HIB REX F D(訳:ジョージ、神の恩寵によるグレートブリテン、フランス・アイルランドの国王、信仰の擁護者)

 

裏面:王冠を頂いた四つ組の盾章(イングランド・スコットランド、フランス、アイルランド、ハノーファーの王家の紋章)

銘文:M·B·F·ET·H·REX·F·D·B·ET·L·D·S·R·I·A·T·ET·E·(訳:ブラウンシュヴァイクおよびリューネブルク公、神聖ローマ帝国の侯爵にして選帝侯)

 

■状態

 

MS63

 

■コイン詳細

 

【発行年】1717年

【発行国】イギリス

【額面】1ギニー

【NGC鑑定枚数】6枚

【素材】金

【重量】約8.35g

【直径】約25mm

【表面】ジョージ1世の月桂冠を戴いた肖像

【裏面】王冠を頂いた四つ組の盾章(英国王室の紋章)

【刻印師】表面:John Croker、裏面:Johann Ochs

【NGC鑑定】MS63

 

■ポイント

 

*希少性

”NGC鑑定枚数6枚”

”PCGS鑑定枚数3枚”

1717年のジョージ1世1ギニーは、もともと現存数が非常に限られるシリーズですが、鑑定データを確認すると、その希少性はさらに際立ちます。NGCでは 総鑑定わずか6枚 のうち 最高鑑定のMS63は本品のみ。PCGSでも鑑定総数はわずか3枚 にすぎず、その最高鑑定は MS62 にとどまります。

 

つまり、NGC・PCGSという世界2大鑑定機関を通じ、MS63のトップグレードに到達したものは本品だけ。両機関の記録を合わせても、世界で唯一の最上位グレードであることが明確です。

 

18世紀前半のギニー金貨は、軍資金や海外への送金として広く流通した結果、溶解や再鋳造によって多くが失われ、良好な状態で残った例はきわめて僅少です。特にミントステート級の残存数は極端に少なく、国際オークションでも高鑑定品の出現は稀です。

 

こうした 歴史的背景による実物の乏しさと、鑑定面での“唯一無二”という事実 が重なることで、本品はギニー金貨の中でも群を抜いた稀少性を備えています。まさに、同シリーズを代表する特別な一枚と言える存在です。

 

*状態

”NGC最高鑑定”

①MS63:1枚(本品)

②MS62:1枚

③XF45:1枚

④VF35:1枚

⑤VF30:2枚

 

”PCGS最高鑑定”

①MS62:1枚

②AU50:2枚

 

18世紀に発行されたギニー金貨の中でも、ハイグレード評価を得ているものはコレクター市場で大きな注目を集めています。本品は「MS:完全未鑑定品」という高水準の評価を保持し、ジョージ1世の肖像は髪の毛の細部まで豊かな表情を伝えています。裏面の王家の紋章も力強く打ち出され、ディテールの鮮明さから当時の鋳造技術の高さをうかがうことができます。

 

このように、存在感あふれる意匠と抜群の保存状態を兼ね備えた一枚は、コレクションの中核を担うにふさわしいものです。歴史的価値と芸術的美しさを併せ持つ本品は、所有者に特別な誇りを与える貴重な金貨といえるでしょう。

 

*市場性

1717年は、ギニー金貨の歴史において特別な意味を持つ年です。この年、ギニー金貨の価値が正式に 1ギニー=21シリング に固定され、事実上イギリス金本位制の基礎が形づくられました。高純度の金含有量と英国王室による強固な信用に支えられたギニーは、当時の社会で富と格式の象徴として扱われ、上流階級、紳士階級、銀行家、交易商の間で広く使用されたステータスある通貨でした。

その中でも、ジョージ1世統治期(1714〜1727)のギニー金貨は、英国がハノーヴァー朝へと移行した直後の新時代の幕開けを象徴する存在として高い評価を得ています。ジョージ1世の肖像は、英国造幣局の名彫刻師ジョン・クローカーによって刻まれ、17〜18世紀初期の英国彫刻の特徴である端正で気品ある造形を今に伝えます。

 

ギニー金貨シリーズ(1663〜1813年)は、世界のアンティーク金貨を代表する存在として国際的に不動の地位を確立しており、ジョージ1世期の初期ギニーは、歴史的背景・希少性・古典美術としての価値が三位一体となったコレクター向け上位カテゴリーに分類されます。欧米の主要オークションでも需要が強く、特にミントステート級のハイグレード品は世界中のコレクターが注目する対象となっています。

 

しかし、18世紀前半のギニー金貨は長期流通や戦時下での金不足、さらに溶解・改鋳の繰り返しにより、多くが姿を消しました。そのため、未使用品級が現代まで残ること自体が非常に稀であり、良好な状態のものほど入手難易度が跳ね上がります。

 

本品は、その中でも特筆すべき一枚です。

2大鑑定機関を通じてMS63が付与されたグレードは本品だけ。

つまり、1717年ギニー金貨として “世界でただ一つのトップグレード” に位置づけられる、代替不可能な希少品です。

 

こうした背景をもつ1717年ギニー金貨は、王政の威厳、経済史的意義、そして初期ハノーヴァー朝の美術性を兼ね備えた、英国近代金貨の象徴的存在といえます。初期ギニーの高鑑定品は国際市場でも常に注目されており、本品のような唯一鑑定のミントステートはとりわけ希少です。

まさに、18世紀英国の歴史と美術を手のひらに収めることのできる、一級のコレクションピースです。

 

その人気の高さから市場からすぐに消えてしまうギニー金貨!

資産として、投資として、コレクションとして、

どれをとっても申し分のない 末長く所持していたい逸品です!

 

▼コインのストーリー

 

■概要

 

英国金貨史を代表する最高鑑定のギニー金貨!

鑑定枚数わずか6枚!

現存数はごくわずかであり、歴史的にもコレクション的にも大変貴重な逸品です。

 

■ジョージ1世とは

 

イギリス史上、ハノーヴァー朝の祖として特異な地位を占めるジョージ1世は、1714年にグレートブリテン王およびアイルランド王に即位しました。彼は、ステュアート朝アン女王の死によりプロテスタントの血統を維持するために制定された1701年の王位継承法に基づき、ドイツのハノーファー選帝侯からイギリス王位を継承するという、極めて異例の経緯を辿りました。この継承は、カトリック教徒である50人以上の近親者を飛び越えて行われたものであり、彼の母であるゾフィーがジェームズ1世の孫にあたるという繋がりによって正当化されました。

 

ジョージ1世は生まれながらのイギリス人ではなく、50歳を超えてからの即位であり、イギリスの政治や文化に対する関心は薄く、英語をほとんど話せなかったとされています。この言語と文化の隔たりは、彼が国政を直接指揮することへの意欲を削ぎ、結果として議会と大臣たちの権限が大きく拡大するきっかけとなりました。特に、彼がハノーファーでの公務を優先して頻繁に本土を離れたことは、閣僚会議(キャビネット)の重要性を高め、後の首相職の事実上の創設者とされるロバート・ウォルポール卿の台頭を許しました。

 

ジョージ1世の治世は、ホイッグ党による支配が確立され、ジャコバイトによる王位奪還の試みが鎮圧されたことで、イギリス国内の政治的安定が徐々に進んだ時期でもあります。彼の個人的な統治への消極性は、結果的に立憲君主制へと移行する過程で、イギリスの政治システムにおける議会の優位性を決定づける重要な転換点をもたらしたと言えるでしょう。彼の治世の終わりまでに、王権は依然として強力でしたが、実質的な行政権は徐々に議会に責任を負う大臣たちの手に委ねられ、現代イギリスの政治体制の基礎が築かれました。彼は1727年にハノーファーへ向かう途中で亡くなり、その治世はイギリスが世界的な大国としての地位を固める基礎を築いた時代として記憶されています。

 

■ロバート・ウォルポールの功績について

 

ロバート・ウォルポールは、1721年から1742年までの長きにわたり、イギリスの政治を実質的に指導したホイッグ党の傑出した政治家であり、後に「初代首相」と見なされる人物として、イギリス立憲君主制の形成に決定的な功績を残しました。彼のキャリアは、南海泡沫事件という未曾有の金融危機を収束させたことで頂点に達しました。1720年に発生したこの投機バブルの崩壊は、国を混乱に陥れ、政界の信頼を失墜させましたが、ウォルポールは下野中の身でありながら、その卓越した財政手腕と議会工作により事態を沈静化させました。この危機管理能力によって国王ジョージ1世の絶大な信頼を獲得し、彼は権力を掌握しました。

 

ウォルポールの功績の核心は、この権力を基盤として、平和と経済安定を最優先する政策を貫いた点にあります。彼は、海外での軍事的な冒険主義を避け、国内の商工業と財政基盤の強化に注力しました。これにより、イギリスは前世紀の激動から脱却し、「ウォルポールの平和」と呼ばれる繁栄の時代を謳歌することができました。彼の政治手法は、議会内で多数派を組織し、国王の代わりに国政の実務を統括するというものであり、これは、国王ジョージ1世が英語を解さず、国政への関心が薄かったという当時の特殊な状況と相まって、責任内閣制の基礎を築き上げました。

 

彼は、閣議を主導し、全ての閣僚の行動に責任を負うという、現代の首相の原型となる役割を果たしました。また、彼は腐敗防止法を撤廃し、官職の授与や恩給といった「管理」の手段を巧みに用いて議会を掌握し、「腐敗」と批判されながらも、長期にわたる安定政権を維持しました。しかし、長年の平和政策も、最終的には世論の対外強硬論に押され、彼が不本意ながらスペインとの戦争に踏み切った(ジェンキンスの耳の戦争)ことで、その権威は揺らぎ、1742年に辞職に追い込まれました。ウォルポールは、その個人的な権力欲と強引な手法を批判されつつも、国王から行政権を大臣の手に移し、議会主導の安定した政治体制を確立したという点で、イギリス政治史における最も重要な功績を達成した人物です。

 

■ギニー金貨とは

 

ギニー金貨(Guinea coin)は、17世紀から18世紀にかけてイギリスで使用された金貨です。ギニーは元々、西アフリカのギニア地域から輸入される金の名称であり、その金を用い鋳造されたことに由来しています。

 

最初のギニー金貨は、1663年にチャールズ2世の統治下で発行されました。この金貨は、当時のイギリスの通貨であるポンド(pound)の20分の1の価値を持ち、純金で作られていました。ギニー金貨は、豊かな商人や上流階級の人々によってよく使われ、取引や貿易の際に重要な役割を果たしました。

最近チェックした商品